第九十話
最近、芙蓉はご機嫌だった。
自分の大好きな従兄と大好きな義従姉が結婚したのだ。
自分の実っているのかいないのかわからない恋に必死だから、まわりの想いも思惑も気付けない。
そんな芙蓉に中将の御方は時々、歯痒い思いをする時もある。
だから東宮はどう見ても芙蓉のことが大好きでしょ!
とか言いたくなる時もある。
それでも、芙蓉は自分の可愛い娘だから。
厳しく温かく見守ってきた。最近、中将の御方は思うのだ。
自分が芙蓉の隣りでしてあげれることは、もうないのではないかと。
左大臣の妻になる。
それも悪くはないかもしれない。
自分への内親王降嫁を断った左大臣に心動かされたのも事実。
中将の御方は、亡き夫 中将を思い出していた。
若くして亡くなった芙蓉の父親。
今までに唯一愛した男。
自分を置いて、帰ってこない旅に出てしまったひと。
亡き夫に対して想った熱い恋心。
左大臣に対して感じる温かい想い。
それはまったく種類の違うものな気がする。
左大臣の北の方になったら、中将の御方は宮中ではなく左大臣邸の北の対に住むことになるだろう。
でも、左大臣の北の方として左大臣を支えることはすなわち、左大臣に後見される芙蓉を支えることにもなるだろう。
芙蓉の隣りでしてあげることはもうないのだろうから。
亡き夫への想い。
その忘れ形見である芙蓉への想い。
左大臣への想い。
色々な想いの狭間で、中将の御方は揺れていた。
でも、愛しているから必要な別れも時にはある。




