第八十八話
客は三の君だった。
兄の顔を見るなり、三の君が口を開く。
「ごめんなさい」
「なんのことだ?」
頭中将が苦笑する。
「だって・・・私が、家出したせいで芙蓉をあきらめざるを得なかったんじゃないの?
あの時私と入れ替わっちゃったから、これから先、何があっても芙蓉が兄さまのものになることはない。
私、今まで入れ替わったことを後悔したことはないの。
でも、私のワガママが兄さまを不幸にしてしまったのかもしれない。
だから・・・ごめんなさい」
突然の三の君の言葉に、頭中将は驚いた。
「なんで知っているんだ?」
その言葉に、今度は三の君が苦笑する。
「普通気付いちゃうわよ。
あんなに仲が良かったのに、一年近く芙蓉に会っていないなんて言われたら。
幸か不幸か、芙蓉はまーったく気づいてませんけど」
三の君が苦笑する。
その言葉を聞いても、頭中将はまったく驚かない。
「今さら、気づかれても困るよ」
頭中将が苦笑いする。
「そんなにわかりやすかったのか。
東宮にもばれているみたいな気がするし。
でも、芙蓉にはばれないというのが、傑作だな。
ちゃんと言えなかった私が悪いのか、気づいてくれない芙蓉が悪いのか・・・
・・・私だな。
何も言えない情けない男が、だからと言って、思い切ることも出来なかった・・・」
頭中将は、ぐいっと杯をあおる。
そんな頭中将を、三の君は真剣に見つめる。
「牡丹宮さまと結婚するんでしょ?!」
「ああ・・・」
「吹っ切ったんでしょ?
だから、桐壺に顔を出したんでしょ?」
三の君の言葉に、頭中将は苦い顔をする。
「お前には、何もかもお見通しだな」
そう言って、笑う頭中将。
三の君は、表情を変えない。
「幸せそうにして東宮の隣りにいる芙蓉を見たかったんだ。
大丈夫。
牡丹宮さまを愛するように、努力するから・・・」
三の君は、兄の言葉に顔をしかめる。
「愛するのに、努力なんていらないわ!」
そう言う三の君に頭中将は微笑む。
「お前は、幸せなんだな・・・
そうだな、私が牡丹宮さまと恋に落ちることも、あるかもしれないね」
そう言った兄を見て、三の君は少しほっとした。