第八十七話
春の除目で東宮の言葉どおり、右近少将は頭中将へと昇進した。
頭中将というのは帝のお側近くに仕える蔵人たちの役所の次官である。
帝の第一秘書・・・といったところか。
長官の蔵人別当がいるものの、実質的なトップは頭中将と頭弁の二人。
これで頭中将は、
出世コースに乗ったといえる。
藤壺中宮の弟にして、桐壺女御の兄。
東宮の一の宮の伯父。
牡丹宮の降嫁が決まっても、頭中将に自分の娘をもらって欲しいと言ってくる貴族は後を絶たない。
正妻である北の方は牡丹宮に決まっているが、妻は一人とは限らない。あわよくば、自分の娘も妻の一人に加えたい。
そして、あわよくば権力のおこぼれをもらいたいというのだ。
頭中将は、ため息をついた。
私が好きなのは、ただ一人。
いとこだった芙蓉だけ。
でも、今では芙蓉は妹だ。
どんなに想っても、けっしてその想いが報われることはない。
妹・・・になってしまったから・・・
最近になって、ようやく諦めがついた。
そこに畳みかけるようにして、牡丹宮降嫁が決まった。
ドキッとした。
東宮は、自分の想いを知っているのではないかと。
頭中将は、足下に転がっていた文の数々を手にとってほり投げた。
芙蓉以外の女性など誰でも同じ。
芙蓉でないのなら、どの娘でもどうでもいい。
それなら別に、牡丹宮でもいい。
まわりの同僚たちには、評判の牡丹宮を妻に出来ることを羨ましがられるが、正直どうでも良かった。
頭中将は、自分の情けなさにウンザリする。
「私は結局、芙蓉に気持ちを伝えることすら出来なかった・・・
情けないな・・・」
自嘲気味に酒をあおる。
そこに女房が客の訪れを告げた。