第八十四話
「突然のお話で、びっくりしましたわ」
その夜、御帳台の中でぽつっと芙蓉が漏らした。
「何が?」
「右近少将さまの縁談」
「あれは、一の宮が産まれたあたりから出てたよ」
東宮が柔らかく微笑む。
「始めは、左大臣に降嫁させてはどうかという話だったんだけど、左大臣に断られてね。
私のような老いぼれでは牡丹宮さまがお気の毒とかなんとかかんとか言ってたっけ」
東宮がにやっとする。
「今思うと、中将の御方以外を北の方にする気はないってことなんだろう」
「まあ」
芙蓉は驚く。
「右近少将に内親王を降嫁させるというのは、左大臣家の力を増して、一の宮の後見を盤石にするという意味もある。
二人の気持ちは優先できないけど、二人が幸せになるといいね」
私たちのように。
そう心の中で思う。
「私、右近少将さまも牡丹宮さまも好きだから、お二人には幸せになって欲しいですわ。
牡丹宮さまは、以前お会いしたときには、私を後見できるくらいの力があれば、誰でもいいなんておっしゃってたけど・・・」
東宮は、苦笑する。
「牡丹らしい。
牡丹は、あれでなかなか苦労しているから。
たぶん、どんな年寄りにでも、嫌がらずに嫁ぐんだろうね。
後見のないつらさを知っているから・・・」
芙蓉は、きょとんとする。
「内親王なのに?」
「内親王とは言っても、牡丹が生まれてすぐに父帝は亡くなられたし、母女御もその後すぐに亡くなられているからね。
後見はない。
母女御の遺した財産だけじゃないかな。
兄上の女御になるというのも、宮中に暮らした時間が長すぎて、自分には無理だと言っていたし」
東宮は、少し寂しそうな眼差しになる。
「右近少将の話を無理矢理進めているのはわかっているんだ。
右近少将に気の毒なことをしていることも。
でも、牡丹が右近少将に降嫁するのが一の宮にとって一番いい。
そして牡丹にとっても」
「右近少将さまは入りませんの?」
芙蓉が不思議そうに尋ねる。
「右近少将には、想い人がいたようなんだ」
芙蓉は、目を見開く。
「知らなかった・・・」
芙蓉は、興味津々といった様子。
「相手は、誰なのかしら?」
芙蓉は、う〜んと考え込む。
右近少将が好きだったのは、芙蓉なのではないか?
東宮は、そう思っていたのだが。
けれども、そうだったとしても芙蓉を渡す気はない。
芙蓉に、教えてあげる気もない。
「相手が誰なのかは知らないんだけどね。
右近少将に聞いちゃダメだよ?
僕がしゃべったってばれちゃうから」
そう言って、口止めする。
芙蓉は、ちょっぴり不満そう。
「気になるのになあ」
そんなことを言いながらも、東宮に言われたのであきらめる。
そんな芙蓉を、腕に抱いて頭をぽんぽんと優しくなぜる東宮であった。




