第八十二話
どうして兄 右近少将は毎日のように参内して、時には宿直をしているのに、桐壺に顔を出していないのだろう?
三の君はそんなことを考えていた。
幼いころから三人で、よく遊んだ。
兄が元服するまでは毎日のように、三人でおしゃべりをしたものだ。
あんなに仲がよかったのに。
右近少将は、式部卿宮邸にはたびたびやってくる。
梨壺にも、時々は顔を出しているらしい。
帝からも東宮からも覚えのめでたい当代きっての貴公子である。
まさか芙蓉に会いたくなかったとか?
短絡的に考えてみたものの、ピンとこない。
覚えている限りでは、兄は実の妹である三の君よりもむしろ、芙蓉と仲がよいくらいだった。
和歌や琴、香。
二人はいつも、楽しそうにしゃべっていた。
時には嫉妬したくなるくらいに。
兄は妹にではなく芙蓉に会いに来ているのではないか?そんなことを思ってしまうくらいに。
兄さまが芙蓉を嫌いだなんて、ありえない。
ならばなぜ?
三の君は周囲の会話も上の空。
一人で考えにふけっていた。
まさか兄さまったら、芙蓉のことが好きだった・・・とか?
まさかねえと思いながら、考えてみる。
毎日のように会っていた三人。
芙蓉と三の君が入れ替わって入内すると決まった途端に、一度も芙蓉に会いに行かなくなった兄。
まさか・・・とは思うが有り得る。
しかも絶対に片思い。
そこには絶対の確信を持ててしまうことに三の君は苦笑する。
別に兄がもてないからとかではない。
例え兄が芙蓉を想っていたとしても、愛だの恋だのに疎すぎる芙蓉が、気づいていたはずがない。
東宮に恋してることにだって、全然気づいていなかった。
それ以前に兄に恋?
ありえない。
三の君は、ちらりと兄を見た。
芙蓉に一の宮が出来て吹っ切れたのか、それとも吹っ切るために来たのか。
その時、東宮の言葉が耳に入り、三の君の意識が引き戻された。