第八十話
小姫は、しばらく会わないうちに随分と大きくなっていた。
今年の夏で一歳になる。
一の宮は、まだまだ眠っている時間のほうが長いものの、赤ん坊が二人も揃うとなんだか騒がしい。
でも、そんな騒がしさも、可愛いと思って見てしまうところが、親バカである。
「小姫も、随分重くなったのねえ」
前に会った時より倍ほど重くなっているのではなかろうか。
「姫に重くなったって、随分な感想だこと」
三の君が呆れたように言う。
「一の宮さまも、健やかそうで良かったこと」
一の宮と小姫。
顔をつき合わして不思議そうに顔を見交わしている。
「どんな話をしているのかしらねえ」
芙蓉と三の君。
東宮妃と式部卿宮の北の方という高い身分にいる二人も、子供たちを前にしたらただの若い母親である。
「それにしても、突然参内してくるなんて、びっくりしたわ」
芙蓉が、ふと漏らす。
とたんに三の君が、ちょっぴり気まずそうな顔をする。
「どうかしたの?」
芙蓉は、無邪気に尋ねる。
「あのね・・・、芙蓉には本当に会いたかったのよ?
ただ、小姫を連れてきたのは、政治的な意味合いもやっぱりあるのよね。
ごめんなさい」
三の君は、ちょっぴりシュンとなる。
小姫もやはり、一の宮の妃候補に既に立候補しているということなのか・・・
芙蓉は、ちょっぴり苦い気分になる。
幼いころからの大好きないとこであり、大親友でもある三の君すらもやはり政治からは切り離されてはいない。
東宮の女御となるということは、自分がただの芙蓉ではなく桐壺の女御として見られるということなのだ。
そう思うと、覚悟は出来ていたものの、なんとなく寂しい気持ちになる。
まあ普通、左大臣家のような大貴族に生まれたら、一生涯政治とは無縁ではいられない。
ましてや天皇家に生まれたら、絶対に無縁にはならないのだろう。
一の宮にも、芙蓉にとっての三の君のような友が出来るといいのだけど。
母として、そんなことを考えてしまう。
このままじゃあ、一の宮の友達は姫君ばっかりになってしまいそうね。
そんなことを思ってしまう。
「怒ってる?」
考えにふけっていた芙蓉の顔を、三の君が恐る恐る覗き込む。
三の君の顔を見ると、芙蓉は思わず笑顔になる。
「怒ってなんかいないわ。
だって三の君が私に会いたいと思ってくれていたのは、本当なんでしょう?」
三の君は、ほっとしたような顔になった。