第七十七話
結局、芙蓉は東宮と左大臣と共に、桐壺へと戻ることになってしまった。
そんな面倒くさいこと、もとい、恐ろしいこと関わりたくない!
そう思って、丁重にご遠慮申し上げたのだが、桐壺の主がいないのに押しかけるわけにはいかないからとかなんとか言って、連れてこられたのだ。
まあ、芙蓉が梨壺にいるのに東宮と左大臣が桐壺にいるというのも確かに変だけど。
結局、桐壺に戻ってきた芙蓉を中将の御方が出迎える。
「怖いよ〜」
芙蓉は、目を合わさないように必死だ。
「あら、左大臣さまもおいでですか?」
中将の御方の極上の笑顔。
芙蓉は、出来れば一言も言葉を発したくない。
「たまたま左大臣に出会ったのでね。
可愛い一の宮の顔でも見に行こうかということになったのだ。
ねえ、芙蓉」
そう東宮に話しかけられても、普段なら嬉しいのだけれど、今日は困ってしまう。
「ええ・・・あの・・・その・・・」
歯切れの悪い芙蓉。
中将の御方は、ぴんときてしまった。
「一の宮さまなら、ただいまお昼寝をなさっておいででございます」
素知らぬ顔で続ける中将の御方。
お昼寝している一の宮を思い出すだけで芙蓉の口がほころぶ。
紅葉のような手。
その手に指を絡めれば、力強くぎゅぅっと握りかえしてくる。
そんな芙蓉を見て東宮は、ふと思いついたようにぽんっと手をたたく。
「たまには、私も我が子の寝姿を見てみたいな。
女御や中将の御方ばかり独占しているなんてずるい」
中将の御方が、それでは私がご案内をと立ち上がりかけると、東宮は慌ててそれを引き止めた。
「たまには、一の宮と親子水入らずというのをやってみたいから、中将の御方はここで待ってて。
女御に連れてってもらうから」
一応、この場で一番偉いのは東宮である。
中将の御方にしたら、従うしかない。
不承不承座り直す。
東宮に手を引かれた芙蓉が、後ろ髪を引かれるようにチラチラと中将の御方のことを見ながら出て行く。