第七十三話
どのくらいたっただろうか。
女房が衣擦れの音をさせながら、戻ってきた。
「二の君さまは?」
中将の御方の言葉に、女房は言いにくそうに口ごもる。
「それが・・・宰相中将さまがご一緒にいらっしゃって・・・」
「なんですって?!」
中将の御方が血相を変える。
まさか、あれほど注意していたのに、宰相中将に忍び込まれるとは。
さきほどの悲鳴は、二の君だったのか?
先日の観月の宴で、宰相中将をちらちらと見ていた二の君の姿が思い出される。
二の君が自分で宰相中将を引き込んだのか、二の君が知らないうちに宰相中将が忍び込んだのか・・・
いずれにしても、これほど人目にさらされてしまっては、いま宰相中将を外にたたき出すわけにもいかない。
中将の御方は頭を抱える。
まさか左大臣が宰相中将をそそのかした・・・なんて線も捨てきれない。
中将の御方は覚悟を決めた。
「衛士には、女房が猫の影をみて、夜盗かと思って悲鳴を上げただけのようですとでも、言いつくろっておきなさい。
私は、二の君に会いに行ってきます」
そう指示を与えると、中将の御方は急いで二の君の部屋へと向かった。
二の君の部屋では、宰相中将が何食わぬ顔をして座っていた。
几帳の陰では二の君が衣の袖で必死で顔を隠している。
「何をしておいでです?」
本当は大声で怒鳴りたい気持ちを押し殺し、優雅に扇で口元を隠したまま言う。
「二の君に、なんとか色よい返事を頂きたくてね。
なに、何もしてはいませんよ。
嫌がる女性を無理やり手篭めにするというのは、僕のポリシーに反しますから」
宰相中将は、いつものように優雅に答える。
中将の御方は、不信感を隠そうともしない。
「当家の姫君は火遊びの相手には向いておりませんわよ?」
冷たい瞳で、宰相中将を見据える。
「いやいや、そろそろ北の方を迎えるのもいいかなとも思ったのですけれどもね。
こちらの姫君を驚かせてしまったようだ」
宰相中将は、のらりくらりと宰相中将の攻撃をかわす。
「そのようでございますね。
これでは、落ち着いて話をすることも出来ませんでしょうから、また日を改めていただけるとよろしゅうございますわ」
にーっこりと微笑む中将の御方。
むしろ二の君が、几帳の陰で恐怖で固まっている。
「出来れば、今度は陽のあるうちにお話に来てくださると嬉しゅうございますわ。
さあ、人目につかないうちに」
なんて言いつつ、有無を言わさず宰相中将を外へと誘導する。
宰相中将が出て行くと、中将の御方はくるっと二の君のほうへ向き直った。
「さて・・・」
二の君は相変わらず几帳の陰で凍ったまま・・・
宰相中将と中将の御方、一緒にいて怖いのは、どっちなんだか。