第七十二話
そんなある夜、事件がおこった。
女の悲鳴が夜の闇に響き渡る。
寝ていた中将の御方は、がばっと起き上がった。
「何事ですっ?」
側に控えていた女房に、語気鋭く問いただす。
「ただいま、確かめております」
「一の宮さまに何かあったわけではないでしょうね?」
「いえ、一の宮さまのお部屋のほうではないようです」
女房の言葉に、中将の御方はほっと胸をなでおろす。
念のために、女房たちに身支度を整えさせる。
一の宮の様子を自分の目で確かめに行かなくては。
芙蓉は、東宮に召されて梨壺に行っている。
その間に、一の宮に何かあっては困る。
手早く支度をした中将の御方は、急いで一の宮のもとに行く。
何事もなかったように、すやすやと眠る一の宮を見て、中将の御方はほっと胸をなでおろす。
中将の御方にとっての優先順位は、まず芙蓉と一の宮。
その無事を確認すると、ようやくさっきの悲鳴が気になり始めた。
けれども、何があったのか確かめるまで、一の宮から離れる気は無い。
とりあえず、付き従ってきていた女房に、梨壺に一の宮には大事ないということを伝えに行かせる。
桐壺の外には、衛士の灯すあかりがいつもより多めに揺れている。
一の宮の乳母と共に、何事があったのかと息を殺すように耳をそばだてる。
何かあったら、命に変えても一の宮を守らなくてはならない。
二の君は、なにも言ってこない。
参内している間、二の君には芙蓉の部屋から近いところに自分の部屋が作られている。
これだけまわりが騒がしくなれば、起きだしてきそうなものなのに・・・。
そう考えると、急に二の君のことが心配になってくる。
「二の君さまの様子を見てきてちょうだい!」
控えている女房に言いつける。