第六十八話
藤壺の女御が中宮になる。
その話は、またたく間に宮中を駆け巡った。
仕方ないとあきらめるもの。
地団駄をふむもの。
いろいろである。
帝が藤壺の女御を寵愛しているというのは、もとから分かっていたことではある。
けれども、女御である内は、他の女御たちと同じ身分であったのだ。
それが、中宮になるということは、他の女御たちから頭一つ以上抜け出すということでもあるのだ。
しかも、それが寵愛を一身に受けている藤壺の女御であれば尚更。
梅壺の女御も王女御も麗景殿の女御にしても、まだ男皇子を産むことをあきらめたわけではない。
・・・悔しい・・・
その思いが、だんだんと女御たちの中に蓄積されていく。
藤壺の女御の妹である芙蓉に対しても、その視線はつきささるようである。
「はあ・・・」
芙蓉はため息をついた。
桐壺の自分の部屋にいる時くらいしか気の休まる時がないのだ。
隣りで中将の御方が苦笑いする。
「気にしてもしょうがありませんわ。
みなさま、うらやましいのでしょう。
藤壺の女御さまが、中宮という地位を手に入れられることも。
帝のご寵愛を一身に集められていることも。
二人も姫宮がいらっしゃることも。
左大臣さまという強力な後ろ盾をお持ちであることも・・・」
中将の御方の言葉に、芙蓉は何も言えない。
いつも傍らにおいて慈しんでいる一の宮が、ただ無邪気に笑っている。
「私、権力が欲しいとか思ったことはなかったの。
でも一の宮が生まれた今なら、藤壺の女御さまがおっしゃってことがわかる気がするわ。
私や左大臣さまが権力を持っていなければ、一の宮を守ることは出来ない・・・
だったら、私は権力を持たなければいけないのでしょうね。
東宮さまも一の宮も、守るためには、側にいるためには、力がなくてはならないのね。
東宮さまが、東宮でなかったら家族三人暮らせるのにと思うけれども、それが出来ないのなら、私が力を手に入れるしかない」
その言葉に、中将の御方はうなずく。
中将の御方は、そんなことを言った芙蓉をまぶしいような思いで見つめた。
「母となって・・・お強くなられましたね」
そんなことを中将の御方に言われ、芙蓉は心持ち恥ずかしそうにうつむく。
たぶん芙蓉のことだから、権力のために何かをたくらむなんてことは出来ないだろう。
でも、その決意をするということが、この魑魅魍魎の住まう宮中では大事なのだ。