第六十六話
久々に上がる宮中に、芙蓉は緊張を隠しきれない。
この日のために選んだ美しい衣装が、芙蓉の心を支えている。
ゆるりと都大路をのぼった桐壺の女御一行は、桐壺へと落ち着いた。
芙蓉の一の宮も一緒である。
先ほどまで、ふぎゃふぎゃと声を上げていたものの乳母にお乳をもらっておなかいっぱいになったのか、すやすやと眠っている。
先日降った雪の名残であろうか。
桐壺の庭の一角に、雪山が見える。
芙蓉たちが桐壺に入ったのが、つい一刻ほど前。
女房たちは、ばたばたと動き回っている。
芙蓉と中将の御方、そして一の宮の乳母だけが静かに座っていた。
中将の御方は、芙蓉の世話をしながらテキパキと女房たちに指示を出している。
その時、先触れもなしにすっと御簾が上げられた。
「お帰り、女御」
東宮が、さっと首をのぞかせる。
「まあ、東宮さまったら、びっくりいたしましたわ。
一人歩きなさっては、あとで梨壺の女房に叱られましてよ」
そう言いながらも、芙蓉は少しも怒っている様子ではない。
女房たちが、慌てて東宮の席を整える。
座った東宮の腕に、乳母が一の宮を抱かせる。
「お父さまでちゅよ〜」
そんなことを言っている東宮に、芙蓉と中将の御方は目を見合わせて思わず笑う。
「一の宮は、女御に似てきれいな顔立ちをしているなあ」
東宮は、満足そうにつぶやく。
「それにしても、女御は久々に会ってもやっぱり美しい」
そんなことを東宮に言われた芙蓉は、顔を赤らめてそっぽを向く。
「東宮さまったら、いろんな女の人にそんなこと言ってらっしゃるんじゃありませんの?」
嬉しいのだけれど、照れてしまって東宮の顔を見ることが出来ない。
久々の参内のため、というよりはむしろ久々に東宮に会うことが出来るからと、香を焚き染めた美しい衣を選んだのだ。
東宮に美しいと思ってもらえるように。
なのに、いざ東宮に美しいと言われると、恥ずかしくてしょうがない。
久々に東宮に会えて、すごく嬉しいのに、照れてしまってなんだか素直になれない芙蓉だった。