第六十三話
芙蓉のおなかの子は、もうすぐ生まれる。
産屋の準備も進んでいる。
中将の御方は、寝殿の廂の一角に作った産屋をぐるりと見回した。
真っ白い几帳などの並ぶ白一色の産屋にいると、芙蓉を産んだときのことが思い出される。
「あの子が子供を産むなんてね・・・」
ぽつりとつぶやく。
子供を産む時に亡くなる女は多い。
加持祈祷の僧なども数多く頼んでいる。
すでに、産屋のそばの一角からは僧たちの唱える経が絶え間なく聞こえてくる。
普段漂う優雅な香のかおりとは明らかに違う匂い。
なにもかも真っ白な部屋の中に佇んでいると、色のついた衣装を着ている自分がまるで雪原に浮かんでいるようだ。
芙蓉は相変わらず東宮と毎日のように文のやり取りをしている。
最近では、二の君とも親しく行き来するようになり楽しく過ごしているようだ。
二の君も、特に勢力などを気にせずに殿方からの文の話などを聞いてくれる芙蓉に心を許しているようである。
三の君と小姫がいてくれるおかげか、寝殿の中はいつも笑い声に包まれている。
「こんななごやかな空気がいつまでも続けばいいのに」
そう願わずにはいられない。
芙蓉の子供が元気に生まれてきてくれるのが待ち遠しい。
けれども、同時に無事に生まれてきてくれるかどうか、不安で不安で仕方ない。
下手をすれば、芙蓉が子供が死んでしまうかもしれない。
そんなことを考え、その考えを打ち消すように、あわてて首を振る。
考えてはいけない。
考えたら現実になってしまうような気がする。
そのとき。
ぱたぱたぱた・・・
遠くのほうから女房が転がるようにかけてきた。
中将の御方は眉をひそめる。
左大臣邸に仕える女房にしてははしたないその足音は、どんどん産屋のほうに近づいてくる。
息をきらしたようにぜえぜえと息をしながら、女房がかけこんできた。
「中将の御方さま!
女御さまが、女御さまが産気づかれました!!」
その声に中将の御方は、はじかれたように寝殿の芙蓉の部屋へと向かった。