第六十話
宴の翌朝、邸の中はどこか気だるい空気が漂っている。
深夜まで客の相手をしていた左大臣は、昼過ぎになって芙蓉のもとにやってきた。
「二の君のところに、さっそく文がたくさん来ておってな」
緩んだ頬は、にんまりしている。
「まあ、それはよろしゅうございましたね」
中将が相手をする。
「私の第一の婿殿は式部卿宮さまだが、駒は多いほうがいいからね」
左大臣は、にこやかに答える。
それを聞いて、三の君が眉をひそめる。
「まあ、お父様ったら、私の背の君を駒だなんて、ひどいことをおっしゃる」
左大臣は、にこやかに三の君をなだめるが、それが本音といったところか。
左大臣は、二の君のところに届いた文の山を、寝殿の芙蓉たちのところまで持参していた。
左大臣は、その文を中将にみせる。
左大臣の本音は、芙蓉たちに相談しに来たというよりは、信頼する中将の御方に相談しにきたようだ。
「まあ、藤中納言さまに、源宰相さま、左大将さま、橘少将さま。あらあらこれは、かの宰相中将さままで。
都中の公達が文をよこされたのかしら」
色とりどりの文が、山積みになった様は、花が咲いたようで美しい。
「誰に返事を返させようか、これだけ文が来ると、困ったものだな」
左大臣は、むふふとちっとも困っていない顔であごをさする。
「お父さまったら、ちっとも困っているようには見えないけど」
三の君が、冷たい目でみつめる。
「こんなふうに、誰かに返事を返すことは今までなかったからなあ。
どうしたらいいか、いまいちわからん。
そういえば二の君の手習いの腕はどうだったかの。
ちっとも覚えとらん」
そんなことをぼやく左大臣に、まわりの女性たちの冷たい視線がつきささる。
「きちんと二の君さまご本人に、どうしたいか聞いてみることが大事なのではないかと思いますが」
自業自得の左大臣にうんざりした顔を隠そうともしないまま中将は、びしっと言う。
「そんなこと言ったって、ほとんど会ったことないしなあ。
なんて話をすればいいのやら・・・」
そんなふうに、ぼそぼそ言っている左大臣は、権勢を誇る男にはとても見えない情けなさだった。