第六話
次の日、左大臣邸では行方のわからなかった芙蓉が戻ってきた、しかも式部卿宮の北の方になるらしいと大騒ぎである。
行方のわからなかった芙蓉というのが実は三の君だったなどということはトップシークレット。
屋敷の中でも左大臣を含めた数人しか知らない。
「何も三の君さまの入内を控えたこんな時期にいなくならなくても」
「もともと芙蓉さまは、左大臣さまの姪であって、女房ではありませんものね」
「でもいくら左大臣さまの姪と言っても、式部卿宮さまの正妻に収まるには身分が…」
「それが、芙蓉さまは左大臣さまの養女に入られるとか…」
女房たちの大好物といえば噂話。
左大臣邸のそこかしこでキャッキャキャッキャとかしましいことこのうえない。
「騒がしいこと」
東の対の三の君の部屋にやってきた中将の御方は眉をひそめた。
人払いをしてある部屋の中には、三の君になった芙蓉と芙蓉になった三の君、そして中将の御方の三人しかいない。
「別にお父さまの養女にならなくてもいいから、早く式部卿宮さまのところに戻りたいよぅ〜」
中将の御方の横に座らされていた三の君が頬をふくらませる。
左大臣の養女になって、式部卿宮と正式に結婚する。
確かに今更な感もするが、この一連の儀式は政治的に大きな意味を持つのである。
藤壺の女御が侍っている今上帝には、現在皇子がいない。
そのため、今上帝の同母弟である院の五の宮が立坊している。
式部卿宮は、今上帝にとっては腹違いの弟、東宮にとっては腹違いの兄にあたる。
式部卿宮が三の君の夫となるということは、帝、東宮に次いで皇位に近い方が左大臣の手の内に収まるということでもあった。
「まあ、式部卿宮さまにとっても悪いお話ではありませんわよね。
式部卿宮さまは女御腹とはいえ、ご実家の宮家にはお金も力もあまりございませんし」
三の君は、口をとがらす。
「式部卿宮さまはそんな方ではないわ!
私を愛して下さっているんですもの!」
政治的な駆け引きなど、恋する乙女には無縁である。