第五十八話
そして宴の日がやってきた。
里下がりしている桐壺の女御さまをお慰めする観月の宴。
そんな名目で開かれた宴は、相変わらずで、芙蓉はあくびをかみ殺す。
公卿たちとは御簾や几帳、屏風などで厳重にしきられた空間。
そこに座って、芙蓉は物憂げに宴の喧騒をみつめていた。
傍らには、三の君と中将が控えている。
二の君も、やはり御簾の中にいるが、三人からは少し離れたところに座っていた。
二の君は、何かに目を向けるでもなく、ただじっと座っている。
「二の君さま、宴を楽しんでいらっしゃいますか」
中将がさりげなく声をかけて気遣う。
「中将の御方さま・・・。もちろんですわ。なにもかもが興味深くて」
興味をもっているようには思えないそっけない口ぶりで二の君が答える。
その時、若い公達の集団が、御簾の前までやってきて座った。
「まあ」
三の君が、思わず声をあげる。
「こちらに麗人がおいでと伺ってね」
そう恥ずかしげもなく言ってのけるのは、式部卿宮。
三の君の夫である。
「まあ、女御さまのことでございますか?」
三の君は、そんな式部卿宮の言葉をさらっと受け流す。
そんな二人のやりとりに、式部卿宮についてきた若い公達がたまらず吹き出した。
「さすがの式部卿宮さまも、奥方の前では形無しですね」
そう言って笑うこの公達も、式部卿宮に負けず劣らずかっこいい。
年のころは、式部卿宮より少し上だろうか。
「お久しゅうございますわ、宰相中将さま」
中将が挨拶する。
「中将の御方どの。このようなところに隠れておられたとは。
あなたにお会いできるとは嬉しい驚きですね。
つれない月の天女がこのようなところに隠れていらっしゃったとは」
そう言う宰相中将は口元を扇で隠しながら言う。
「あら、宰相中将さまはいろいろなところで天女を見つけていらっしゃるとか聞いておりますけど?」
中将は、ちっとも相手にしない。
宰相中将は、そんな中将の態度を見ても気にするわけでもない。
「今日は、滅多に下界には下りていらっしゃらない天女も、こちらにおいでとうかがいましてね。
ぜひ、お声を聞かせていただきたいものです。
美しい天女たちは、みな他の人に盗られてしまったので、私だけの天女を捜しているところなのですよ」
まわりにいた女房たちは、宰相中将のその言葉にほうっとため息をつく。
宰相中将は、当代きってのプレイボーイ。
宮中やいろいろな邸に、たくさんの愛人がいるが、北の方はまだいない。
姫君を守る女房からすると危険きわまりないが、女房たちにとっては一夜でいいから一緒に過ごしてみたい憧れの男性であった。
宰相中将と式部卿宮は、そのまま御簾の前に腰を落ち着けて話をしている。
ほっといても、宰相中将の相手は女房たちが先を争ってやってくれるので、芙蓉はその様子を観察することにした。
ふと、二の君のほうを見ると、先ほどまでと様子が違う。
宰相中将のことが気になるようで、ちらっちらっと宰相中将のことを見ているのがわかる。
一生懸命さりげなさを装っているが、見ていると一目瞭然である。
二の君も宰相中将の魅力の前には、いちころ・・・?
そんなことを思うが、東宮大好きな芙蓉には宰相中将の魅力はさっぱりわからなかった。