第五十六話
桐壺の女御が出産のために左大臣邸に里下がりしているということで、都の貴族たちが大勢左大臣邸に挨拶にやってくる。
そのためか、左大臣邸はいつにも増して賑わっていた。
左大臣には、三人の姫君と一人の若君がいる。
左大臣の若君は藤壺の女御の弟、三の君の同腹の兄にあたる。
元服して出仕しており、今は右近少将という地位にいた。
左大臣家の一人息子であるからということもあって、方々の貴族たちから、うちの娘の婿にいらっしゃいませんかという誘いを断るのに大忙しである。
左大臣には一番上の姫君である藤壺の女御と三の君の他に、二の君という姫がいる。
二の君は、右近の少将、藤壺の女御や三の君とは異腹の姉妹にあたる。
一応左大臣家の姫君ではあるものの、二の君の母は少し身分の低い人で、左大臣の正式な妻ではない。
三の君と二の君は二月違いで産まれた。
幼いころに母を亡くした二の君は左大臣邸に引き取られ、東北の対でひっそりと暮らしていた。
二の君は、三の君が女御となる前にも、なってからも、常に姫君としての三の君、女御としての三の君の陰に隠れて目立たない人である。
父親である左大臣にしても、心から愛していた亡き北の方。そして女御である二人の娘にかかりっきりで、時にはもう一人の娘の存在を忘れてしまいそうな時すらあった。
ある意味、亡き北の方の姪である芙蓉のほうが左大臣に可愛がられて育ったと言えるのかもしれない。
芙蓉は幼いころ、左大臣邸の庭で迷子になって、東北の対にまで行ってしまい一度だけ二の君に会ったことがある。
きれいな衣をまとって、背ほどまでのびた髪の毛を揺らしながら、庭で一人で鞠をつきながら遊んでいた姿を覚えている。
ほんの少しの間一緒に遊んでいたのだが、女房に見つかってしまい、芙蓉は東の対に連れ戻されたのだった。
東北の対に行ってはいけませんと、女房たちに叱られたのを覚えている。
お互い名前を名乗る時間もなかったが、あとで女房たちの噂で、あれが二の君だったのだと知った程度だった。
いま、寝殿に滞在している芙蓉と東北の対に住んでいる二の君の間に特に交流はない。
しかし、桐壺の女御懐妊でおおわらわの左大臣が、ふと二の君のことを思い出た。
芙蓉のために開く宴に、二の君を参加させて二の君の背の君となってくれる男を探してみることにしたのだった。
二の君は、宴を前に芙蓉のところに挨拶に来ることになった。
久々に会う二の君に、芙蓉は少し複雑な思いを抱いていた。
芙蓉は、こっそりと中将に相談してみる。
「私は入内してすごく幸せだけど、仮にも左大臣家の姫君である二の君を差し置いて、私が女御の地位に収まっていていいものかしら?」
中将は、少し困った顔をする。
「左大臣さまは、亡き北の方である姉上を大層愛しんでいらっしゃいましたから。
女御さまは・・・姉上に似ていらっしゃるから、可愛がらずにはいれないのかもしれませんわね。
でも、そんなにおっしゃるなら、二の君さまにも入内していただきましょうか?」
いたずらっぽく付け加えられたその言葉に、芙蓉は慌てて首を振る。
「それは駄目!!」
二の君のことを考えながらも、東宮の愛情を誰かと分かち合うことだけは考えれない芙蓉だった。