第五十四話
忍び込んできたのが誰なのか。
灯りもつけていなかったので、わからない。
女房たちがいたのではないのか?
そう思うが、彼女たちの気配はない。
御帳台の側まで誰かがやってきた物音で、芙蓉は起き上がる。
「誰?!」
思わず声が震える。
その時、芙蓉のもとに、嗅ぎなれたお香の香りがただよってきた。
「東宮さま?!」
まさかと思いながら、呼びかける。
「正解」
東宮が、ひょこっと御帳台の隙間から覗き込む。
「式部卿宮に手伝ってもらってね、こっそり様子を見に来ちゃった」
久々に会う東宮に、芙蓉はドキドキしてしまう。
さっきまで恐怖でドキドキしていたはずなのに、いつのまにか恋するドキドキに入れ替わっている。
急に自分の格好が気になってくる。
寝乱れていた髪の毛を、あわてて手で整える。
「びっくりしましたわ」
そう言いながら、少しでもいいからと身だしなみを整える。
かぶっていた衣を肩からかけたまま、東宮と話をする。
東宮と離れていた時間は、たったの二ヶ月ほどなのに、もうずっと会っていなかったような気がする。
きっと、またすぐに帰らなくてはいけないのだろうけど、それでも会えて嬉しい。
東宮の温もりに触れていると、なんだか安心感がわいてくる。
心の中にあった不安が、その温もりで溶けていくような気がする。
ああ、私、不安だったんだ・・・
そう自覚する。
中将や三の君がいてくれても、やっぱり東宮がいてくれないと心細かったのだ。