第五十三話
里下がりした芙蓉は、着帯の儀を行う。
「新宮さまが産まれたあとも、儀式はたくさんあるのですから」
と言いながら、中将と三の君が何くれと世話を焼いてくれる。
芙蓉も大人しくされるがままにしている。
東宮からは、毎日のように文を持った使いがやってきた。
芙蓉も、毎日欠かさず返事を渡す。
せっせと文をしたためる芙蓉を見ながら、三の君があきれたように笑った。
「毎日穏やかに暮らしているというのに、よくそんなに書くことがあるものね」
隣りにいる中将も笑う。
「本当に、仲がよろしくて結構ですわ」
「でも、私が女御じゃなくて良かったわ。
だって、私が毎日手紙を書くなんて、毎日中将に横で字が汚いって叱られるってことじゃない」
三の君がいたずらっぽく言う。
そんな三の君を中将が軽くにらむ。
「自覚があるなら、手習いでもなさって下さい」
そう言われても、三の君はそ知らぬ顔をしている。
芙蓉が三の君と一緒に左大臣邸で暮らしていたころは、東の対に住んでいたのだが、今回の里下がりでは寝殿に芙蓉の部屋が用意されている。
芙蓉のいる部屋からは、左大臣邸の美しい庭がよく見える。
東の対から見える景色とはまた違って美しい。
何本もの紅葉が、秋の訪れを感じさせる。
庭の遣水には紅葉が浮かんで寝殿のほうまで流れてくる。
左大臣邸にいる気安さからか、中将も桐壺にいる時よりは端近によることを許してくれる。
それでもなかなか御簾の中からは出してもらえないのだけれど。
芙蓉は、幼いころよく遊んだ庭を飽きもせず眺めていた。
東宮には会えないし、御帳台と御簾の側の間の往復みたいな暮らしは、以前にこの邸にいた時とはだいぶ異なる。
気がつくと、あくびをしてしまう。
式部卿宮は、度々三の君と小姫に会いに来ているようだ。
時折、東の対のほうが騒がしくなって、いつも側にいてくれる三の君がどこかにいなくなる。
ちょっぴりうらやましい気もするが、東宮という身分では、いくら御所から程近い左大臣邸とはいえ、そうそう気軽にやってくるわけにはいかない。
それはわかっている。
毎日芙蓉に手紙をくれるだけで、幸せなのだ。
自分にそう言い聞かせる。
そんなある夜。
芙蓉の眠る御帳台に、だれかが忍び込んできた。