第五十一話
東宮も芙蓉も、離れがたい思いでいっぱいであったが、芙蓉は秋になったら左大臣邸に下がることになった。
左大臣が大騒ぎで吉日を占わせる。
左大臣にしてみれば、今度こそ男御子を・・・という気持ちが強い。
帝に嫁いだ藤壺の女御は二人とも姫宮だったし、式部卿宮と結婚した三の君が産んだ子も姫だった。
権力を欲しいままにしている左大臣でも、赤子の性別まではどうしようもない。
今度こそどうしても男御子を産んでもらいたい。
そんな気持ちは高まるばかり。
左大臣にしてみれば、早く里下がりして、無事に元気な男皇子を産んでもらいたいのだ。
「そんなに早く里下がりしなくちゃ駄目なの?」
里下がりの日程を聞いた芙蓉は、中将に愚痴をこぼす。
里下がりしてしまったら、一年近く東宮に会えなくなる。
それが辛いのだ。
「仕方ないでしょう?
今は元気な御子を産むことだけを考えておけばいいのです」
中将は、芙蓉にあっさりと言い放つ。
芙蓉のお腹は、ほんの少しふっくらとし始めている。
芙蓉は、ぷーっとふくれる。
出産は、人生の一大イベントである。
出産で亡くなる女性も多い。
中将からすれば、東宮と今少しでも長く一緒にいることよりも、無事に出産を終えて、末永く東宮と一緒にいて欲しいのだ。
後宮にいたら人の出入りだって激しいし、安産のための加持祈祷だって、そうそう大げさには出来ない。
そんな気持ちは、芙蓉にだってわかるし、本当は不安だってある。
「東宮さまが、側にいて下さったら頑張れるのにな・・・」
ぼーっとしながら、そんなことを考える。
お腹に手を当てると、自分が母になるという実感がおぼろげながら湧いてくる。
そんな芙蓉に会いに来た東宮も、そんな芙蓉のお腹をよく触る。
「この中に、僕と女御の子供がいるんだよねえ」
そんなことを言いながら、飽きもせずに芙蓉のお腹を触っている。
「僕に似た子が生まれるのかなあ、それとも女御似かなあ」
二人とも、一緒にいてはそんなことばかり話している。
だんだん夏の暑さが薄れゆくなか、二人の間にはのどかな時間が流れていた。
そして、とうとう芙蓉が里下がりする日がやってきてしまった。