第五十話
いくら寵愛の深い女御、たとえ中宮であったとしても宮中で出産することはない。
出産は、不浄のものとされ、里邸に下がって行われる。
桐壺の女御には早く里邸に落ち着いて、心安らかに出産の日を迎えて欲しい。
そう東宮は思っている。
けれど・・・桐壺の女御と離れるのも、寂しいのだ。
健やかな皇子の誕生。
それこそが、自分にとって大事だということはわかっているのだけれど。
でもそれ以上に、桐壺の女御が側にいてくれないことが、寂しいのだ。
何しろ、桐壺の女御が入内して以来、昼も夜もほとんど毎日桐壺に通っていたのだから。
その気持ちは芙蓉も同じ。
東宮が自分にめろめろだっていうことを、未だに自覚していない芙蓉は、相変わらずいろんなことでくよくよしてしまう。
自分が里にいる間に、東宮が他の女の人のことを好きになってしまったらどうしよう・・・とかとか。
中将に聞かれたら笑い飛ばされるだろう。
けれども、芙蓉にとっては真剣な悩みなのだ。
東宮との間に生まれる御子がお腹の中にいるというのに、芙蓉の考えていることといったら恋する女の子そのものである。
自分の子供が将来帝になれば、自分が国母の君になるかもしれないことなんか頭にない。
芙蓉のお腹の御子が、左大臣家の命運を握っていることを自覚している中将からすれば、そんな芙蓉が危なっかしくてしょうがない。
芙蓉のお腹の御子が今後の宮中の勢力地図の重要な鍵になるかもしれないからこそ、その御子の誕生を望まない人々だっているのだ。
怨念うずまく宮中から、安全な左大臣邸にさっさと娘を連れて帰りたい。
そんな思いもある。
自分の娘としての芙蓉も、左大臣家のために存在する桐壺の女御も、中将にとっては守りたい、守らなければならないものであった。