第四十六話
次の日、昼ごろになって、東宮が芙蓉に会いに来た。
「昨日は、早めに桐壺に下がっていたようだけど、具合が悪かったの?
大丈夫?」
芙蓉の顔を覗き込むようにして、心配そうにたずねる。
「大丈夫ですわ」
にこりと微笑みながらも、芙蓉の顔はどこかぎこちない。
そんな芙蓉を気遣うように、東宮は何も言わず、側に寄り添ってくれる。
その時、突然、外にいた女房たちが騒ぎ出した。
「牡丹宮さまが、お越しでございます」
芙蓉は思わず耳を疑う。
せっかくの東宮との時間を邪魔しに、桐壺まで押しかけるなんて、厚かましい人。
でも、二人きりで梨壺で過ごされてもイヤ。
そんな風に考えてしまう。
けれども、顔には出さないように気をつける。
ふと東宮の顔を見ると、東宮は何だか不満そうである。
どうして・・・?
そんな疑問が頭に浮かぶが、口にする間もなく牡丹宮が部屋に入ってきた。
「牡丹宮、桐壺にまで追いかけてくるだなんて、何か用でもあるの?」
牡丹宮は、にこやかな笑みを崩さない。
「あら、東宮さまにお会いしに梨壺に参りましたら、桐壺に行かれたと耳にいたしましたの。
東宮さまが隠していらっしゃる可愛らしい姫君にお会いしたいと思ったのですわ」
牡丹宮は、東宮のすぐ側に腰を下ろす。
「本当に可愛らしい御方。
桐壺の女御さま、私は牡丹宮。
昨日の宴では、ご挨拶も出来ず、失礼いたしましたわ」
にっこりと微笑む姿には、一部の隙もない。
「いいえ、こちらこそ失礼いたしました。
昨日は、気分があまり優れませんでしたの。
こちらからご挨拶に向かわなくてはいけませんでしたのに」
芙蓉も、牡丹宮に負けず劣らずにっこりとしながら言う。
可愛らしい可愛らしいって、私が子供だとでもいいたいのかしら?
そんな考えを、頭の中で、あわてて打ち消す。
嫌な私。
思わずつきそうになったため息を必死で飲み込む。
東宮は、何も気づいていないようだ。