第四十五話
中将は、こわばった顔のままの芙蓉を見て、どうしたものかとため息をつく。
なぐさめるべきか、叱るべきか・・・。
なぐさめるのは簡単である。
でも、ここでなぐさめても芙蓉は大人になれないだろう。
中将は、ここは叱ることにした。
芙蓉が号泣するようなことにならないことを祈りながら。
「女御さま。そもそも東宮さまは、女御さまだけのものではございません。
盗られたくないのならば、努力なさることです。
ただ一人になれないのならば、一番におなりになればよろしいでしょう。
ここで、びいびい泣くようなお子ちゃまでは、一番にはなれませんよ。
笑うのです。
ほら、微笑んで!」
宮中でばりばり働くキャリアウーマンでもある中将の御方の言葉には重みがある。
まわりには聞こえないような小さな声だが、芙蓉の心の奥にずしんと響く。
芙蓉は、東宮のほうを見ることは出来ないものの、頑張って微笑んでみる。
弱弱しいながらも、笑みを浮かべる。
「そう、それでよろしいのです」
中将は、にっこり微笑む。
芙蓉は、一生懸命宴を楽しんでいるふりをする。
東宮は、いっこうに芙蓉のほうにやってこない。
牡丹宮と話してばかりいる。
式部卿宮も加わって、三人で楽しそうに笑っている。
芙蓉は、宴を楽しんでいるようには見えない。
「ねえ、中将?
もう、そろそろいいかしら?」
二時間ほど過ぎただろうか。
耐えかねたように、芙蓉がつぶやく。
「そうですね。
無理をなさって、お体に触ってもいけませんから」
中将は、てきぱきと桐壺に帰る支度を始める。
芙蓉は、ほっとして、深く息を吐いた。
久々に桐壺と梨壺以外に出れたというのに、ちっとも楽しくなかった。
桐壺に戻って早々、芙蓉は御帳台の中にもぐりこむ。
東宮さまは、私のものじゃない。
わかっているけど、他の女の人と一緒にいるのは見たくない。
私だけのものにならないのはわかっている。
それでも、私だけの東宮さまでいてもらいたい。
芙蓉は、自分のおなかに手をあてた。
「わがままな母さまでごめんなさいね」
そんなふうに独り言を言う。
けれども、私には、この子がいる。そう思うと強くなれる気がしてきた。