第四十四話
牡丹宮のために開かれた宴で、初めて芙蓉は牡丹宮を見た。
芙蓉より少し年上の美しい人で、色が白く髪は黒々と長かった。
にこやかな顔が美しい。
華やかな美人。
本当に、牡丹の花のような人だった。
芙蓉は、思わず唇をかみしめる。
敵わない・・・。
そんな思いが、頭をよぎる。
東宮さまは、牡丹宮さまみたいな方がタイプなのかしら・・・。
思わず涙がこぼれそうになって、必死で止める。
扇で顔を隠して、絶対に涙が零れ落ちてしまわないように頑張る。
御簾や几帳にへだてられた向こうの方で、公達たちが酒を飲み、楽を奏で、歌を詠み、騒いでいるのが聞こえる。
そんな喧騒が嘘のように、遠い遠い世界のことのように思えてきた。
宴にやってきた東宮が、牡丹宮の側に座って、楽しそうに笑っている。
その時、牡丹宮がちらりとこちらを見た。
そして、明らかに泣きそうな芙蓉を確認してから、東宮のほうに向かって、ことさらにこやかに話しかける。
「むかつくっ」
芙蓉の頭の中は、ごちゃごちゃしてきた。
牡丹宮に負けたくない一心で、一生懸命選んだ、華やかな衣もなんとなく色あせて見えてくる。
「気分が悪いわ。下がらせていただいてもいいかしら?」
傍らの中将に、こっそりと話しかける。
中将は、黙って首を振る。
芙蓉は仕方なく、東宮のほうを見ないようにして、まっすぐに前を向く。
その表情は、涙がこぼれてこそいないものの、固まったままだ。
心なしか顔色も悪い。
それを見て、さすがの中将も心配になる。
しかし、今すぐ芙蓉を下がらせるわけにはいかない。
また、この子は、何か変な想像を膨らましているんじゃ。
そんなことが頭をよぎる。
東宮と牡丹宮とは、芙蓉が思っているような関係ではないだろう。
そう確信している中将からすれば、またか・・・とため息のひとつもつきたくなる。
東宮と牡丹宮は、ますます楽しそうに二人で話をはずませている。