第四十二話
桐壺に無事帰り着いてからも、中将の腹立ちは収まらない。
蝋を塗ったのが誰なのかはわからないだろうし、誰が命じたのかもわからない。
面と向かって、いい加減にしろととがめたてるわけにもいかない。
怒りを噴出させる先がない。
どうしてもいらいらしてしまう。
「どうして、藤壺に行くのはやめにしてしまうの?
久々に藤壺の女御さまや姫宮さま方にお会いしたかったのに」
黙って桐壺に戻ってきていた芙蓉が悲しそうにつぶやく。
「今回は、女房がこけただけで、まだ良かったのです。
女御さまがこけてお腹の御子が流れてしまうなどという事態になってしまったら、私、帝にも東宮にも左大臣にも顔向けできません。
何より!そのようなことになったら、悲しまれるのはあなたでしょう。
しばらくは、身をお慎みになって、大人しくなさってくださいませ」
どうしてもがみがみと言ってしまう。
芙蓉のことを、母として心配してしまうからこその口やかましさである。
芙蓉も、それはわかっている。
さすがの芙蓉も、お腹の御子のことを持ち出されるとうなずかざるを得ない。
「じゃあ、梨壺に行く時以外は桐壺からは出ないようにするわ。
その代わり、桐壺の中では、少しくらい動かせてよ。
じゃないと、一日中座っているなんて、息がつまってしまう・・・」
中将も、これ以上押さえつけても無理なのはわかっているので、しぶしぶうなずく。
東宮と一緒にいたいという芙蓉の気持ちはわかるものの、早く左大臣邸に宿下がりしたいものだ。
気が休まる時がない。
中将は、ため息をついた。