第四十一話
懐妊したとはいっても、芙蓉のおなかはまだまだまったいらなままである。
これから徐々に、身動きもしにくくなるだろうから、ということで、芙蓉は久々に藤壺まで藤壺の女御に会いに行くことにした。
桐壺から藤壺までは長い道のりである。
様々な殿舎の中を通り抜けていかなくてはならない。
大きなおなかを抱えてではさすがに辛くなる。
それに、産み月が近くなれば、左大臣邸に宿下がりしなくてはならない。
これまで以上に大切にかしづかれている桐壺の女御の一行は、ゆっくりと内裏の中を進んでいく。
以前、梅壺での管弦の宴に出かけた時以来の道である。
相変わらずまわりが気になるものの、さすがに足元に気をつけて前を見ながらゆっくりと進んでいく。
その時である。
突然、先導の女房がつるりとすべってこける。
「きゃあっ」
よくしつけられている女房ですら、思わず声を上げてしまうほどの派手なこけ方である。
「どうしたのです?」
列を止めた中将が、語気鋭く聞く。
「中将の御方さま、申し訳ありませぬ。
この部分に参りましたら、急に、滑ってしまいまして。
お恥ずかしゅうございます」
こけた女房があわてて謝る。
殿舎に住まう女房たちであろうか。
まわりから嘲笑がもれる。
「まあ、何もないところでこけてしまわれるなんて」
「桐壺では、よくしつけられた女房をお使いですこと」
くすくすという声が聞こえてきて、こけた女房は涙目である。
中将が床を調べてみると、そこにはうっすらと蝋が塗ってある。
「幼稚なまねを・・・」
こけたのが芙蓉であったらと思うと、背筋が凍る思いである。
「そなたが先頭でこけてくれたからこそ、女御さまが今、ご無事でいらっしゃるのです。
むしろ、礼を申さねばなりません」
小さな声で、こけた女房にささやく。
事をあらだてるわけにもいかない。
いずれかの女御のところの女房のしわざなのだろうか。
藤壺に進むべきか、桐壺に戻るべきか。
しばらくの間、思案する。
「仕方ない」
中将は、藤壺へと女房を使者として遣わして、芙蓉を連れて桐壺へと戻ることにした。