第四話
「私、赤子が出来たの」
「へっ?」
まだまだおぼこい芙蓉には、なんのことやら理解できない。
「赤子って・・・。どこに?」
そんな見当ちがいなつぶやきをもらす芙蓉に、三の君はぷっと吹き出す。
「やあね、芙蓉ったら。私のおなかの中にいるに決まっているじゃない」
そう言われても、芙蓉は目をパチクリさせている。
「実はね、私、以前から式部卿宮さまに憧れていたの」
そう言われても、芙蓉は式部卿宮の顔がさっぱり思い出せない。
先日、中将の御方の講義で教わった地位や人間関係の知識が出てくる程度である。
「えっと・・・帝の異母弟の方ですよね?東宮の異母兄の宮さま」
「ほら、去年の菊の宴の折に素晴らしい琵琶の演奏を聴かせてくださった方よ」
そう言われて、ようやく三の君が去年の菊の宴の折にうっとりとした顔で琵琶の音色に聴きほれていた男がいたことを思い出す。
けれども、顔まで浮かんではこない。
「もう、芙蓉ったら!その顔はさっぱり思い出せないっていうことね?」
三の君は、ぷんっとほっぺを大きく膨らませる。
えへっと、笑ってごまかそうとする芙蓉。
まだまだ心の幼い芙蓉は、殿方になんか目を向けてはいなかった。
三の君は、ふうっと大きく溜め息をついた。
「まあ、いいわ。芙蓉ったら、本当に殿方に興味ないのねえ。」
芙蓉は笑顔でごまかし続ける。
「で、ここからが大事な話なんだけど、これからは芙蓉が左大臣家の三の君になって、私が芙蓉になることになったから。
で、芙蓉は式部卿宮の北の方になるの。よろしくね」
こんな大事なことをぽんというあたり、三の君はお姫様育ちである。
芙蓉は、さっきからの展開についていけていない。
「三の君が見つかったなら、私、芙蓉に戻りたいわ。
でも、芙蓉に戻ったら式部卿宮さまの北の方にならなきゃいけないの?」
頭の中は、混乱しまくりである。
だいたい、三の君の話も飛びすぎていて要領を得ない。
式部卿宮に憧れていて、赤子ができて、芙蓉が北の方になる・・・。
パニック寸前の芙蓉。
その時、御簾の外から声がした。