第三十七話
その後も仲睦まじく過ごしていた芙蓉と東宮であったが、ある日、芙蓉のもとにとんでもない噂が飛び込んできた。
なんと、東宮に新しい妃が入内するというものであった。
後宮の他の女御に仕えている女房が漏らしたとかいう。
それを聞いて、芙蓉は呆然とする。
わかっていたことだった。
所詮、今の自分は、東宮の女御の一人でしかない。
近頃、体調も優れなかった芙蓉にとっては、その話は辛すぎた。
噂を耳にしてすぐ、芙蓉は寝込んでしまう。
中将や左大臣も、心配して、情報収集に追われている。
臨月も近くて、左大臣邸に里帰りしている式部卿宮の北の方も心配しているという。
東宮が芙蓉に会いに来ても、芙蓉はなんと言っていいのかわからず、床から起き上がれない。
東宮に直接聞いてしまえばいい。
そう言われるものの、怖くて聞けない。
他の姫君が入内するのですかと聞いて、その通りだと言われてしまったら立ち直れない。
食欲もないし、なんとなく体がだるい。
桐壺中が、なんとなくそわそわと落ち着きない。
「私に、御子が出来なかったら、他の方を入内させるのは当然よね・・・」
芙蓉は、考えれば考えるほど落ち込んでしまう。
次第に、東宮に会う勇気がなくなってくる。
東宮が心配していると中将に言われるものの、会ってなんて言えばいいのかわからないのだ。
あまりにも、芙蓉が具合が悪そうなので、中将は慌てて薬師を呼びにやる。
どんな病気なのかと、東宮もやきもきしている。
薬師を呼んだと聞いて、桐壺にこっそりとやってくる。
薬師の診察が、終わるやいなや、東宮と中将は、薬師を呼びつける。
薬師は、にこにこしながら入ってくる。
「おめでとうございます」
開口一番、そんなことを言う。
「桐壺の女御さまにおかれましては、ご懐妊の兆候がございます」
東宮と中将は、驚きを隠せない。
中将は、ほっとして思わずほろりと涙をこぼす。
「鬼の目にも涙だな」
東宮が中将をからかう。
「おめでとうございます」
中将は、袖口で涙をぬぐい、にっこりと東宮に微笑む。
桐壺に幸せがやってきた。