第三十五話
「東宮さまが来られた時に、お会いできて嬉しいですと言ってみるとか・・・」
「え〜、そんなこと?」
芙蓉は、不満そうだ。
でも、中将からしてみれば、どうせ東宮は既に芙蓉に夢中といってもいいくらいである。
芙蓉が新しい衣装を着ていようが、化粧をいつもより多めにしていようが関係ないだろう。
恋文を贈るにしても、毎日会っているのに今さら贈っても・・・。
そもそも、東宮に夢中になってもらいたい芙蓉と、既に芙蓉に夢中な東宮に何かすることを考える中将では、考え方が違うのも仕方ない。
会えて嬉しいと芙蓉に言われれば、東宮は普通に喜ぶだろう。
「では、東宮さまにいちゃいちゃ甘えてみればよろしいのでは?」
中将は、にっこり笑って言ってみる。
「そんなこと、出来るわけないじゃない〜」
「あら、女御さまが東宮さまを振り向かせるためにはどうしたらいいのかとお尋ねになったから、お答えしただけですよ?」
「い、いちゃいちゃ甘えるなんて、どうしたらいいか、わからないし!」
芙蓉は、引き気味である。
「じゃあ、好きですって言ってみるとか」
中将は完全に面白がっている。
「愛の告白でもなさってみれば、よろしいのではないかと」
「娘に愛の告白を勧める親がどこにいるの・・・」
「あら、私、女御さまの親ではなくて、叔母もしくは側近という立場ですもの。勧めても問題はありませんわ。早く御子を産んでいただいて、この手に抱きたいものですし」
中将の微笑みが、悪魔のようである。
中将にからかわれているのは、薄々感づいているものの、芙蓉は東宮を振り向かせる方法で、頭がいっぱいである。
そこに、東宮が現れた。
「まだ、思いついてないのに!」
東宮の顔を見るなり、芙蓉はそんなことを叫んでしまった。
「思いつくって、何を?」
怪訝な顔で東宮が聞く。
「東宮さまを振り向かせる方法をですわ」
中将が笑顔で答える。
「か、中将の馬鹿あ〜」
芙蓉は、真っ赤になる。
「へえ〜、じゃあ、女御がなんと言って、僕を振り向かせてくれるのか、楽しみにしているよ」
東宮は、にこやかに答える。
とっくに振り向いているくせに。
東宮と中将の御方。二人に、弄ばれている芙蓉であった。