第三十二話
梅壺の女御の懐妊に宮中は右往左往していたが、芙蓉は梅壺のことを考えるのはやめた。
懐妊してしまったものは仕方ない。
梅壺の女御のことは忘れて、自分が東宮と仲良く過ごすことだけを考えることにする。
そんなある日。
藤壺で、梅壺の女御が大騒ぎしているという話が舞い込んできた。
藤壺の女房が一人、中将のところに駆け込んできたのである。
なんでも、藤壺を初めとする左大臣家が呪詛したために、産まれてくるはずだった親王だか内親王だかを流産してしまったというのだ。
「梅壺さま、流産なさってたの?」
そもそも、芙蓉はそこに驚く。
初めて聞く話に、中将や他の女房たちも戸惑っている。
「なんでも、つい最近になって、流産なさったとかで、藤壺さまのせいだだの、左大臣家のせいだだのとずっとわめき散らされていて、手のつけようがございません!」
中将も、首をかしげる。
「流産なさったなんてお話は、初耳なのだけど・・・。
いつのことなのかしら?」
よくわからないものの、とりあえず、帝に内々に報告するように言いつけて、中将が藤壺に向かった。
芙蓉も、様子を見に行きたいとい言ったものの、中将に、
「女御のなさることではございません」
と、一喝されてしまった。
中将は一人、藤壺に行って、御簾の影からのぞいてみた。
女房の話どおり、梅壺の女御が座り込んで、泣きながらわめいたり怒鳴ったりしている。
「私のおなかの中の和子様が、流れてしまわれたのは、藤壺さまや左大臣殿が呪詛を行われたせいですわ!
ええ、そうに違いありません!
きっとそうなのよ!」
中将は、困ってしまう。
中に入って行きたいような類のものではない。
だいたい左大臣たちが、呪詛を行ったという話は聞かないし、流産してしまったとかいうならば、桐壺や藤壺などの後宮の中に流産の噂が流れてこないのはおかしい。
でも、仮にも内大臣家の姫君でもある梅壺の女御に、あまり強く言うわけにもいかない。
几帳の後ろにいる藤壺の女御も、困っているようで、何も言葉を発しない。
何か言って、言葉尻をとられてもまずい。
報告を受けた帝が、藤壺にやって来てくれることを祈るばかりである。
このまま梅壺の女御に騒ぎ立てられては、後宮どころか宮中の隅々にまで、左大臣が帝の御子に呪詛をしたという噂が広まってしまう。
藤壺の女御や左大臣家が帝の御子に呪詛を行ったという話が広まれば、例えやっていなかったとしても左大臣の失脚にもつながりかねない。
さすがの中将も、困ってしまう。
その時、後ろですっと人の気配がした。
「み、みか・・・」
思わず叫びそうになるのを必死でこらえる。
そこには、苦笑いしている帝が静かに立っていた。
「私を呼んだんだろう?中将の御方」