第三十話
そんなある日、芙蓉は、藤壺の女御に会いに行くことになった。
姉妹となっていても、後宮の中ではなかなか本人同士が行き来することは難しい。
先日、梅壺の女御の宴で見かけて以来、きちんと対面するのは入内して以来初めてであった。
「藤壺の女御さまにおかれましては、ご機嫌うるわしゅうございます」
形どおりの挨拶をおこなう。
「桐壺の女御におかれましても、ご機嫌うるわしくて、何よりです」
藤壺の女御が悠然と微笑む。
その美しさに、まわりの桐壺付きの女房たちからは、思わずため息がもれる。
藤壺の女御が、さっと人払いすると、藤壺の女房たちも桐壺の女房たちも、するすると出て行った。
「芙蓉、久しぶりね。
中将の御方も会いに来てくださって、嬉しいわ」
中将は、あわてて挨拶する。
「藤壺さまにおかれましても、お元気そうで何よりでございます」
藤壺の女御は、顔をしかめる。
「中将ったら、そんな他人行儀な挨拶しないでちょうだい。
元気なわけないわ。
梅壺の女御が懐妊したという噂が流れているというのに」
藤壺の女御は、ため息をつく。
「私か芙蓉が懐妊して、皇子を産まなければ、左大臣家の権力はなくなってしまうわ。
今は、帝が守ってくださっていると思っていたのに、梅壺の女御が懐妊してしまうなんて」
藤壺の女御は、またため息をつく。
「でも、帝がいてくだされば、権力がどうなっても、いいのではないこと?」
芙蓉が、聞く。
「芙蓉ったら・・・。
権力がなければ、帝や東宮の側にいることも出来なくなってしまうのよ」
藤壺の女御は、芙蓉を困ったように見つめた。
「芙蓉は、権力に興味ないかもしれないけれど、東宮のお側にいるためには、左大臣家の権力が必要なのよ」
そうなのか・・・。
後宮に、東宮の側にいるためには、権力が必要なのか。
そんなことを学んでしまった芙蓉だった。