第三話
足音の主が入ってくると、芙蓉はがばっと起き上がった。
「母様!!」
思わず立ち上がって側に駆け寄り、抱きつく。
しかし、その途端、ぱしりと頭をはたかれる。
「三の君さま!お行儀が悪い!」
芙蓉は涙目になりながら頭をさするが、どことなく嬉しそうである。
たった今入ってきたこの人こそ芙蓉の母親、中将の御方である。
普段は内裏にいる左大臣の北の方腹の一の君、藤壺の女御のもとにいた。
「左大臣さまに事情は伺いました。
藤壺さまも、芙蓉のことを大層心配されて…。
心細いだろうから、しばらく私がついてあげて欲しいとおっしゃられたのです。
三の君さまは、いずれ東宮妃となられるお方。
ビシッバシと指導して差し上げますね。
あなたは左大臣家の三の君なんですから」
それを聞いて芙蓉が恐怖におののいたのは言うまでもない。
昔、三の君と共にさせられた数々の勉強の恐怖体験が頭をよぎる。
中将は三の君にとっても芙蓉にとっても、ありえないほど厳しい先生だった。
芙蓉は、そう言った母 中将の御方の少し寂しそうな表情には、少しも気づかなかった。
その日から、中将の御方によるスパルタお妃教育が始まった。
立ち居振る舞いから、絵、和歌、お香、気の利いた受け答え、楽器、手習い、儀式の進行、宮中内での序列や人の名前、人間関係など、覚えることは山のようにあった。
和歌も楽も手習いもお香の調合も、好きでやっていたことは楽しかったが、人間関係など芙蓉にとってはどうでもいい。
しかし、身の入らない様子を見せると中将の氷のような視線がつきささった。
芙蓉が中将の御方のことを、母さまとでも呼ぼうものなら、目で人を殺せそうなくらいににらまれた。
芙蓉としては、不自由で不自由で仕方がない。
しかし、その忙しさのせいか、三の君のことを思い出して落ち込むことは徐々に少なくなっていった。
たまに訪れる左大臣は、芙蓉の様子を見ては、にこにこと微笑んでいるだけ。
あまりにも和やかすぎて、三の君の行方を聞くのもはばかられる。
そんなある日・・・
行方不明だった三の君が、夜中にこっそり東の対にやってきた。
少しふっくらとしたその顔は、失踪前よりむしろ元気そうである。
芙蓉は嬉しくて嬉しくて三の君に飛びついた。
「どこに行かれてたんですの?とにかく三の君が戻られてよかった!!
入内が決まっちゃってるから、いてもらわないと」
そんな芙蓉から一歩ひくかのように、三の君は顔をこわばらす。
「ごめんなさい、芙蓉…。
私のワガママにあなたを巻き込んでしまって」
その言葉に、芙蓉はどういう意味なのか首をかしげる。
次にでてきた言葉は衝撃的であった。