第二十八話
東宮は、その後もしばしば昼に芙蓉に会いにやってきた。
時には、夜に梨壺に呼ばれることも多かった。
左大臣は、そんな様子を聞いて満足げである。
桐壺の女御は東宮の寵愛が深いと耳にした貴族が、桐壺にご機嫌伺いに訪れることもしばしばだった。
娘二人がそれぞれ帝と東宮の寵愛を受けているということで、左大臣のところに貢物を持ってくる人は、ものすごい数にのぼるという。
梅壺の女御などは、その話を聞いて、かなり機嫌が悪いらしい。
自分の妹を東宮に入内させるという話を必死で進めているとか、帝の寵愛を得るためにいろいろな画策をしているとかいう噂が耳に入ってくる。
当然、以前、芙蓉が東宮と二人で宴から抜け出してしまってことも、女御らしくない振る舞いであると、陰口をたたいていた。
芙蓉の耳にも、そんな噂は入ってくる。
自分が東宮のことを好きという自覚はないものの、東宮に他の姫君が入内するかもしれないという話を耳にすると、なんだか心がざわざわする。
そんなある日、式部卿宮の北の方、要するに本物の三の君が参内してきた。
藤壺の女御のところに挨拶に行ったあと、芙蓉のところにも会いに来る。
久々に会う三の君に芙蓉は喜びを隠せない。
入内して以降のいろんな話。
式部卿宮と結婚して以来のいろんな話。
お互いに話すことはたくさんある。
いくら話しても、話はつきることがない。
芙蓉は、三の君に、東宮とのことを相談してみた。
東宮と一緒にいると心があったかくなること。
東宮に他の姫君が入内してしまうと思うと心がざわざわしてしまうこと。
三の君は、そんな芙蓉をあきれたように見つめる。
「芙蓉ったら、まだわかってなかったの?
芙蓉は、東宮さまに恋しているからそんなふうに思うのよ」
芙蓉は、思ってもいなかった答えに声も出ない。
初めて自覚した東宮への「恋」。
振り返れば、確かにそうだと思い当たることはたくさんある。
「恋・・・」
声に出してつぶやいてみる。
自覚してしまうと、なんとなく恥ずかしくて、顔が真っ赤になってしまう。
「これが恋・・・」
東宮に入内して、もう一月近いというのに、ようやく東宮への恋を自覚した芙蓉。
芙蓉が、大人の女になる日はまだまだ先のようだ。