第二十三話
宮中における藤壺の女御の立場は微妙である。
帝の寵愛を一身に集め、帝の姫宮を産んだ。身分もそれなりに高い。
しかし、帝の正妃である中宮になっているわけでもなければ、皇子を産んでもいない。
そのため、まわりの女御たちに、猛烈なライバル心を抱かれたりもする。
この雅なはずの管弦の宴も、雅などころか、醜い争いの場へと化してきた。
そこへ、突然、外から人が入ってくる気配がした。
「誰じゃ!!」
機嫌がいたって悪かった梅壺の女御がにらむ。
「おやおや、お邪魔だったかな?」
そこには、帝と東宮が立っていた。
梅壺の女御は、顔を真っ赤にして息を呑む。
「み、帝・・・」
その場にいた女御や女房たちがいっせいに頭を下げる。
「雅やかな遊びをやっていると聞いてね。
東宮の女御も来ていると聞いたし、楽しそうだから東宮も連れて遊びに来てみたよ」
帝は、そんな反応には慣れているといった雰囲気である。
梅壺の女房が、あわてて帝と東宮の席を設ける。
ほとんどの女御は、帝と東宮に、さきほどの口げんかをどこから聞かれていたのかを必死に思い出そうとしている。
「東宮が、桐壺の女御の話ばかりするから、気になってね。ちょっと会ってみたくなったのだよ」
帝にそう言われても芙蓉はなんと言ったらいいのかわからない。東宮が、自分のことを帝に話していたということが、嬉しいのだが。
「別に、桐壺の話ばかりなどしておりません」
東宮が怒ったように言う。そんなふうに東宮に言われて、芙蓉は悲しくなってしまう。
「そうですの?残念ですわ」
口をついて、そんな言葉が飛び出てしまう。
はっと口を押さえたがもう遅い。
泣きそうな気分である。
「恥ずかしがらずともよい。
このところ、桐壺の話ばかりしておるくせに。
そなたが、藤壺の妹女御か」
「は、はい。左大臣の三の姫にございます」
あわてて、芙蓉は頭を下げる。
帝は、にこやかに芙蓉をみつめる。
「東宮は、幼いところもあるゆえ、あなたにも苦労をかけるかもしれないけれども、よく仕えてあげてほしい。
それにしても、藤壺の女御に似て、美しい姫君である。
東宮が夢中になるのも、無理ないね」
帝は東宮をからかうことも忘れていない。
東宮は、さすがにふくれっつらは見せないが、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「あら、帝。
私の妹なども東宮に入内させていただきとうございますわ。
桐壺さまに負けず劣らず美しい子でございますのよ」
帝が、桐壺にばかり注目していることが面白くない梅壺の女御が口を挟む。
東宮に他の姫君が入内する。
そしてら、どうなるのだろう?
芙蓉には、いまいちピンとこない。
「桐壺が入内して、まだ数日しかたっていないのに、そのような話はしなくてよい」
帝が一蹴する。
「しかし、帝・・・」
なおも言い募ろうとする梅壺を帝は、少し冷めた目で見つめる。
「東宮には、私のような思いをさせるには忍びないのでな」
そう言われて、梅壺の女御は、きーっとなる。
「帝、そのように言われては、梅壺の女御がお気の毒でございます」
藤壺の女御がとりなす。
「そのようなこと、言っていただかなくても、けっこう!!」
梅壺の女御は、藤壺をきっとにらむ。
「そういうところに、疲れるんだよなー」
帝は、つぶやくように言う。
東宮は、普段、そこまで目にしない女御同士の喧嘩に、眼を白黒している。
芙蓉は、今のままでいて欲しいと言う東宮の気持ちがわかるような気がした。