第二話
翌日から、芙蓉の姫君としての生活が始まった。
といっても、左大臣家の姫君と姉妹同然に育った芙蓉のことである。
一通りの教養は身についているから、そういったことは苦にならない。
とはいえ、それまでの女房と姫君の間のような気軽な身分であった芙蓉にとっては、面倒くさいことばかりである。
一人で御簾の外にでも出ようとすると、すぐに女房の誰かが飛んでくる。
四六時中、女房の誰かが側にいて、一人で物思いにふけるまなどあったものではない。
教養の高い姫君。
その一面だけ見ると深窓の姫君らしく見えるが、芙蓉は単に好きだったから頑張っていただけである。
姫君として引き取られたにも関わらず、女房のような仕事を自分からかってでてしまうようなチャキチャキした性格であった。
だから、今の座ったっきりぼーっとしているような生活は性にあわない。
しかも、変なとこ姫君扱いされてきた芙蓉は、寄ってくる殿方たちの扱いも、どうすればいいのかさっぱりわからない。
三の君に入内の宣旨が出たという噂は、あっというまに都中に広まり、それまでの山のような恋文に代わり、怨みごとや泣き言を伝える文の数々に代わっていた。
「あ〜あ…」
芙蓉は、ため息をつきながら、床にごろりところがる。
「私に言われても知ったことじゃないわよ」
ぴんっと、そのへんに転がっている文をはじく。
好きな公達がいたわけではない。
それでもまだ16の少女である。
恋だの愛だの、物語を読みながら三の君と想像を膨らますことだってあった。
「三の君ったら、ずるいわよ…」
それまで妹のような存在だった三の君がいなくなったのも寂しさに拍車をかけていた。
三の君の行方はしれない。
いや、左大臣家が三の君の行方を探しているのかさえ、今の芙蓉にはわからなかった。
この左大臣邸の中では、行方不明になったのは芙蓉ということになっている。
まるで自分が消えてしまったようで、なんとも心細い。
三の君がいなくなって三日。
端近に出ないように見張る女房と二人で座っているだけの生活にあきあきしはじめたところであった。
その時、遠くのほうからパタパタと衣擦れの音が聞こえてきた。