第十六話
すぐに中将の指示で、東宮の座る場所が整えられる。
芙蓉女御は、緊張のあまりこわばった顔をしている。
そんな芙蓉の背中を、中将がぽんぽんと叩く。
「大丈夫。笑って笑って」
その一言に、少しだけ芙蓉の肩から力が抜けた。
女房たちがたくさんいては、東宮も女御も緊張するだろうからということで、女房たちは、数人を除いて下がらせる。
その時、東宮があらわれた。
東宮は、何も口を開かないまま、上座にすたすた歩いていって座る。
そして、おもむろに口を開いた。
「御所にようこそ、桐壺。久しぶりだね。夜まで待てなくってきてみちゃった」
芙蓉は、びっくりして目をぱちくりする。
やはり、あの夜に見た、そのままの顔が目の前にいた。
「東宮さま、おたわむれが過ぎまする」
隣にいた中将が言う。
「中将も久しぶり。相変わらずだね」
「東宮さまも、ちっともお変わりにならず」
中将のちくりとした嫌みも聞き流して東宮は、芙蓉の手をとる。
芙蓉は、ドキドキしすぎて、顔が真っ赤である。
「後宮では、藤壺の女御のライバルの女性たちや、今後入ってくるかもしれない女性たちと、色々大変だろうけど頑張ってね。
女性のいびりあいは、かなり恐ろしいけど」
東宮は、さらりとそんなことを言う。
「あまり女御さまを怖がらせないで下さいませ」
「おや、中将の血が流れていれば、後宮のいじめや策略なんて軽々乗り越えれるんじゃないか?
左大臣だって、それを狙ったんだろう?
教養全般が苦手な三の君と、教養全般に長けている芙蓉の君。
とりかえれるものならとりかえたいって苦々しい顔で言ってたのを聞いたよ?」
さすがの中将も、眉をぴくりと動かす。
「まあ、どこでそのようなことを?」
変わらず笑顔で返す中将。
「左大臣が藤壺の女御に愚痴ってた」
あとで左大臣は、こってりと中将にしぼられるに違いない…と芙蓉は内心ドキドキする。
権勢を誇る左大臣も、亡き妻の妹には、めっぽう弱いのだ。
ここは何か言わなくてはいけないと思うけど、なんて言えばいいのか思いつかない。芙蓉は唐突に口を開いた。
「あの……これからよろしくお願いいたします」