第百十五話
帝に侍る唯一の女御。
新東宮の生母。
藤壺の女御。
芙蓉の後宮での新生活が始まった。
芙蓉が、後宮における一の人どころか唯一の人となってしまったことで、周囲はかしましい。
ここのところ、中将の御方との新婚生活を満喫中だった左大臣も、頻繁に藤壺に顔を出す。
中将の御方が来てくれればいいのに、ぱたりと姿を見せない。
その代わり、衣装や菓子、絵巻物など、趣向を凝らしたものが、度々届けられる。
紅梅尚侍の父宮を始めとする方々は、帝に娘を入内させようと躍起になっている。
女御さまがお一人きりでは、何かとお困りでは?
とか、
男宮さまがお二人きりでは、何かあった時に困りますぞ。
とか。
大きなお世話である。
芙蓉は、清涼殿の話は藤壺に筒抜けなんだけどなーと、苦笑する。
自分が、様々な思惑が絡んだ上で、今の地位にいることは理解している。
だから・・・私のおかげで利益を得る人たちは、必死で私を守ってくれるだろう。
新東宮に姫を数人入内させることは、結果として新東宮の母である自分を守ってくれる。
女としては、新東宮に数人の姫を入内させてしまえば楽。
母としては、あまり息子に苦労をかけたくはない。
難しいなあ。
芙蓉は、考えこむ。
これで新東宮まで、女御は一人だけ。
なんて言ったら、都の上流貴族たちが不平を言うかもしれない・・・。
まっ、新東宮には、一人ってことはないか〜。
院の姫宮が一人と三の君の姫は確実だから、最低二人。
二人いたら、三人も五人も十人も、一緒?
になるのかな?
芙蓉が一人で唸っていると、新帝がやってきた。
「疲れた・・・」
肩をとんとんして、ため息をつく。
「二人いたら、十人でも一緒かしら?」
唐突に、そんなことを聞いてくる芙蓉に、新帝は目をぱちくり。
最初から聞いて、ちょっぴり苦笑する。
「それは・・・二人でも十人でも、地位や考え方や愛によって、違うんじゃないかな。
でも、人数が増えれば増えるほど、全員を幸せにするのは難しくなるでしょ?
僕は、芙蓉を幸せにするのでいっぱいいっぱいだし、芙蓉に嫌な思いをさせたくないから、一人でいいよ」
新帝は笑顔で続ける。
「そしたら、必然的に芙蓉以外の姫は、全員大なり小なり不幸になるわけだし・・・
それがわかっているのだから、他には女御も更衣もいらないな」
そんなことを言われたら、嬉しいに決まってる。
新帝と芙蓉は、幸せな夕べを過ごした。
後日、新帝は自分の娘をすすめる上達目にその言い訳を使ってみた。
が、
「帝のお側近くにお仕えできるだけで我が娘は幸せ者。
たとえご寵愛が少なかったとしても、不幸だなぞとは思いません」
と、きっぱり言われてしまっては、苦笑するしかなかった。