第百十四話
そして院と中宮は、御所から一条院に移った。
院も中宮も、住み慣れた御所から新たな住処に移ることを、寂しがるというよりはホッとした面持ちだ。
帝という地位から、後宮における一の人という立場からの解放。
そんな気分なのだろう。
新帝が清涼殿に移られたのに合わせるように、芙蓉も藤壺に移る。
梅壺の女御も王女御も麗景殿女御も、一条院に行くことに迷いがあるのか、ひとまず里邸に移ったそうだ。
彼女たちからすれば、いまさら院の寵愛を争うなど時間の無駄。
花の盛りが終わる前に、新たな背の君をみつけて安らかに暮らしたい。
けれども、それぞれの背後にいる勢力からすれば、退位された院といえども子をなせば親王になるかもしれないという淡い期待をあきらめきれないのだろう。
芙蓉は、いささかがらんとしてしまった後宮を眺める。
昔は、東宮と誰もいない雷鳴壺に行って、ドキドキしたな。
今なら、いくらでも入りこむ空き部屋がありそうだ。
もうすぐ新東宮と二の宮が参内してくる。
そうすれば、隠れん坊し放題だ。
駆けっこも鬼ごっこも。
広い後宮の一角。
今では、藤壺と梅壺のあたりにしか人気はない。
芙蓉は、中宮に頼まれたとおり梅壺に姫宮たちの様子を見に行く。
上の姫宮が六歳。
下の姫宮は五歳。
どちらも可愛らしい。
乳母が世話をしているので、母中宮がいなくても、そこまで寂しそうではない。
数人の女童と共に、雛遊びに興じている。
新東宮や二の宮が参内してきたら、共に遊ぶと楽しそうだ。
もう一人、次生まれた男御子か女御子も共に育つのだろう。
頭中将や三の君の姫が入内してきたら、やはり可愛い。
けれども、あとあと皇位継承争いが起きないようにと、早々に帝位を弟宮に譲られた院のことを考えると、院の姫宮に幸せになってもらいたい気もする。
うーん、複雑。
姫宮たちを、ここに置いていくことで、芙蓉が姫宮たちを我が子同様に可愛がってしまうことを狙っていたとしたら、中宮も、なかなかの策士である。