第百十一話
倒れた芙蓉は、大慌ての女房たちによって、されるがままに、御帳台へと運ばれる。
急いで薬師が呼ばれる。
東宮に、知らせようとする女房たちを芙蓉は押しとどめる。
帝の代替わりという大事にあたって、自分がちょっとふらついたくらいで東宮に知らせるのは気が引けた。
大人しく横になり、薬師の見立てを待つ。
「ご懐妊でございます」
薬師の声が、やたら大きく響く。
おなかの中に、また一人、東宮と自分の愛の証がいるということがわかった喜びは大きいものの、今はそれ以上に帝の代替わりが案じられて仕方ない。
懐妊に伴って軽い貧血を起こしているのだろうという見立てに従って、床についてはいるものの、女房たちに梨壺の様子を探らせたり、藤壺の中宮に様子を伺う使者を送ったりと忙しい。
けれども、帝が退位なさって東宮が帝に即位されることくらいしかわからなかった。
左大臣や頭中将も、急ぎ参内して清涼殿に、詰めているらしい。
情報がまったく入らなくて、イライラが募る芙蓉だったが、夜も更けたになって、東宮がやってきた。
芙蓉が、懐妊したことを伝えると大喜び。
「次は姫宮でもいいな」
なんて言いながら、芙蓉に添い寝する。
その顔には疲労の色が、色濃く残る。
「早くお休みにならないと、お体に触りますわ」
心配そうな芙蓉に、東宮は甘えるようにしがみつく。
いつもはしっかりしていて、むしろ甘えさせてくれる東宮のそんな仕草に、芙蓉は目を見開く。
それでも、おぼつかない手つきで、東宮を包み込む。
東宮は、何も言葉を発しない。
芙蓉は、ただ東宮をしっかりと抱きしめる。
どれくらい時間が経っただろう。
「帝にならなきゃいけないことは分かっていたけど、こんなに早く自由が奪われるとはね」
東宮が、ぽつりともらした。
芙蓉は、何と言うべきなのか、思案する。
何と言えばいいのか、わからない。
東宮なら立派な帝におなりあそばしますなどという通り一遍の言葉など、求められていない気がした。
「私が・・・私がおりますわ」
ぽろりとこぼれ落ちた言葉。
けれども、東宮には何かが伝わったようだった。