第百六話
「私のところの女房たちは、左大臣家から送り込まれたものばかりなので、左大臣さまや北の方さまにお伺いしませんと私の一存では決めれませんわ」
優雅に微笑みながら、そう言っとく。
逃げるが勝ち。
芙蓉だって、後宮暮らしは長い。
政治的戦略も少しは覚えた。
東宮さま大好きっていう気持ちは真っ直ぐなままだけど。
牡丹宮や頭中将とか大好きな人たちにはなんとか出来ることはなんとかしてあげたい。
でも紅梅姫は、ライバルなんだもん。
余計な競争相手の芽は摘んでおくに限る。
さすがに意地悪はしないけど。
まだまだ自分に自信が持てない芙蓉にとって、今ここにある東宮の愛ですら、このまま永遠にあるとは信じることが出来ないから。
だから、ライバルになるかもしれない人にはちょっと冷たくなってしまうのかも。
まあ普通、皇子を二人も産んで、実家も勢力を握っていさえすれば、東宮の愛なんて気にもとめないのかもしれないけど。
芙蓉にとっての東宮の女御という地位は、権力を握るためのものではなく、東宮の隣りにいるためのものだから・・・。
けどこのまま、紅梅姫を牡丹宮に押しつけて帰っちゃったら、牡丹宮も頭中将も困っちゃうわよね。
そんなことを思いながら、三人のほうを見る。
でも、紅梅姫はもともと牡丹宮を頼って来られたんだし。
う〜ん。
まあ、今すぐ帰るのはやめて、一応、成り行きを見守るしかない。
牡丹宮なら、なんとかしてくれるだろう。
頭中将は、引き下がらない紅梅姫を見ながら考えこんでいた。
「とりあえず、紅梅姫にはうちにいてもらおうか」
頭中将がつぶやくように言うと、牡丹宮はギョッとした。
「だって、桐壺さまじゃ紅梅姫を制御できないだろう」
まあ、その通りかも。
牡丹宮も考えこむ。