第百五話
東宮は不承不承、抱きしめたままだった芙蓉を解放する。
けれども、もう離さないとでもいうかのように手は握ったまま。
私・・・ちゃんと帰るつもりだったんだけどな。
東宮の動揺の大きさに、芙蓉は驚きを隠せない。
東宮が紅梅姫に手を出すことはありえなさそうだけど、だからといって、毎日顔をあわせてるうちに何かあっても嫌だしなあ。
それに、六の宮さまと揉めることになっても面倒くさい。
それより、東宮さまと二人で帰るのと、別々に帰るの、どっちがばれにくくて、どっちがばれても問題になりにくいかしら?
所詮、今日初めてお会いしたライバルになる可能性があった女性がどうなるかなんて他人ごとだ。
まずは、問題なく桐壺に戻らなくっちゃ。
芙蓉は手を東宮に握られながら、そんなことを考えていた。
芙蓉だって東宮のことは大好きだし、こんなにも自分のことを想ってくれていたのかと感慨深いものはある。
けれども、自分にかまってくれている東宮を横目にみながら、ついつい頭の中では冷静に考えちゃうのだ。
だって、ここでひと騒動起こしちゃったら、東宮女御としての地位がおびやかされちゃうんだもん。
まあ、そんなことを考えるなら家出するな!って話だが。
抱きしめられている間にも手を握りしめられている間にも、ちょっと冷静なあたりが、女の子なのかも・・・なんて分析しちゃったり。
紅梅姫は、牡丹宮に叱られて、さすがにうなだれ始めた。
牡丹宮さまのお説教って意外に長いのね。
そんなことを思う。
紅梅姫には家出したままでいただきたい気もするけど、引き受けるのは怖いなぁなんて、かなり他人事な芙蓉であった。