第百四話
東宮にとって、紅梅姫は本当にどうでもいい存在だったようで、芙蓉のことを抱きしめたまま見向きもしない。
既婚者である牡丹宮は気にしていない様子だが、紅梅姫は目のやり場に困っているようだ。
芙蓉を想っていた頭中将にしても、なんとも複雑な顔をしている。
芙蓉への想いは心の奥底にくすぶっているものの、割り切ったつもりでいた。
けれどもこうして目の前で、東宮に抱きしめられて顔を赤らめる芙蓉を見ると、心は複雑である。
いまさらどうしようもないのはわかっている。
あのまま、なんとかして牛車で本当に駆け落ちしてしまえば良かったのか??
でも、芙蓉の心は自分のもとには既にない。
頭中将は自分の未練がましさに苦笑する。
自分が駆け落ちしたつもりでも、芙蓉にとっては自分は兄のようなもので決して恋愛対象ではないだろう。
ましてや東宮の寵姫を奪いとる勇気などない。
自分は未練の火種をくすぶらせながら、芙蓉を見守るしかないのだ。
いっそのこと、東宮に新しい女御に心をうつして芙蓉の心を手離して欲しい。
けれども芙蓉に幸せになってもらいたい。
そんな葛藤を抱えてしまう。
けれども芙蓉を愛している自分に牡丹宮をくれた東宮を裏切るわけにはいかない。
そんな頭中将の心の中の葛藤を知ってか知らずか、東宮は芙蓉から離れようとしない。
「東宮、紅梅姫が目のやり場に困っていらっしゃいますよ。
女御さまは、手を離しても隣りにいらっしゃいますから」
そう紅梅姫をだしにして、東宮と芙蓉を引き剥がす。