第百ニ話
紅梅姫は、なんというかパワフルなひとだ。
いいとも悪いとも言葉を繋げないまま、芙蓉は沈黙する。
紅梅姫は、ちょっぴり鼻息荒く、牡丹宮と芙蓉を見つめている。
その時、ドタバタと足音が聞こえてきた。
「女御!!!!!」
そう言いながら、駆けてくる一人の男。
東宮である。
後ろからは、頭中将が追いかけている。
「女御〜」
そう叫んでる東宮の眼には、牡丹宮も紅梅姫も映らない。
芙蓉をぎゅうーっと抱きしめると、キッと頭中将をにらみつける。
「これは、どういうことだ?!」
東宮が声を荒げる。
芙蓉は、東宮の腕の中でビクッとする。
東宮が、こんなに怒っている姿は見たことがない。
芙蓉がびくっと震えるのを感じたのか、東宮は芙蓉をよしよしするように撫でる。
芙蓉を優しく撫でていたかと思うと、頭中将に向けた視線は相変わらず厳しいまま。
頭中将は、やれやれという風に頭をふる。
「東宮さま」
見かねた牡丹宮は、東宮に声をかける。
その声に、ようやく東宮は牡丹宮の存在に気がついたようで、芙蓉を抱く腕の力を少しゆるめた。
「なんだ、牡丹、いたのか」
けっこう失礼な言葉である。
「そう軽々に御所を飛び出してこられるのは、いかがなものかと思いますけど」
幼馴染だからこその、ずばっとした言葉である。
「まさか、桐壺さまが東宮さまをおいて、頭中将と駆け落ちしたとでも思われました?」
ぎくっ。
東宮と頭中将の表情が固まる。
東宮は、勘違いしていることが図星だったから。
頭中将は、心配していた通りにそんな勘違いを本当にされていては困るから。
東宮の腕の中で芙蓉は不思議そうな顔をする。
「ま、まさか、そんなこと思ってるわけないよ。
頭中将は桐壺の兄なんだから」
東宮は、あはははと乾いた笑いをもらす。
牡丹宮は、図星かと呆れたものの、相手は一応東宮。
「もちろん、そのようなこと思っていらっしゃるわけないですわよね」
にーっこり。
そう丸め込まれては、東宮も怒りをしずめるほかなかった。