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第10話 『対峙』

 大公領から海までは遠い。馬車で一〇日はかかるだろう。

 その間、予想される追っ手をどう躱すかが問題だ。

 馬車はどこかで適当に捨てるつもりでいた。クレアも私も乗馬の心得は多少はあるし、何より家紋入りの車体は目立ちすぎる。

 気休め程度の対策としてルートは裏街道を選んでいるが、それでもやはりプロの兵隊に追われては完全に撒くことは難しいだろう。女三人の旅となれば、やはり目立つ。

 最初の国境の関は、それでも大公家の威光の力で突破できた。クレアに手綱を握らせ、公女として忍びで訪れたと説明したらあっさりと通過できた。

 手配が回るのはどれくらいかかるか分からないが、いずれは関所破りも考えねばならないだろう。

 旅のどこかで荒事になる。そんな予感があった。

 不安げなアビゲイルを宥めながら、魔晶石に魔法を込める作業を続けた。


 しかし、その機会は予想以上に早く私たちを訪れた。

 街を離れれば、私たちの敵は追っ手だけではないということだ。

 街道とは言え、人が滅多に通らないところを馬車で走れば出るものは出る。

 クレアが急に手綱を引くと、馬車は急停車した。


「どうした?」


 私の問いに、クレアが苦々しく答えた。


「賊です」


 見れば、人相の悪いのが五人ほど、剣を手に街道に立ちふさがっていた。

 後ろを見れば退路を塞ぐように三人。

 何が嬉しいのか『女だぜ~』とか騒いでいる。典型的な女の敵だ。どうやら容赦は要らんようだ。私は杖を手に取った。


「私が潰そう」

「いえ、私が行って斬り捨てて参ります。殿下は聖下の御傍に」

「手伝いは?」

「不要かと」

「武器は?」


 馬車の内外には得物をあれこれと用意してある。長柄のものやモーニングスターのような打撃武器、クロスボウも一応持ってきた。


「いえ、慣れたものを使わせていただきたく」


 クレアはそれだけ言うと、手元に置いてあった剣を手に取って地に降りた。

 ツヴァイヘンダー。

 盗賊どもが何やら威嚇じみたことを言っているのを気にも留めず、恐ろしく長い剣を器用に鞘から抜いた。

 その身から青白い光が溢れるやや否や、私の見ている前でクレアの姿がぼやけた。それは彼女の残像だった。

 次にクレアを視認したとき、彼女は賊どもの背後で血振りをしたところだった。

 その風切り音に合わせるように、賊たちの体が全員揃って真っ二つになった。

 後ろにいた三人の顔に驚愕が走るが、その時には既にクレアは連中の目の前にいた。

 命乞いすら口にする暇も与えず、そいつらも仲間の後を追った。


「凄まじいな」

「クレアは聖騎士の中でも強かったのです。クレアが負けるところを私は見たことがないのです」


 絶句する私に、アビゲイルが淡々と説明してくれた。その表情には不安の欠片も伺えない。完全な信頼がそこにはあった。

 聖騎士。聖女の信頼をここまで獲得できる剣の冴えを形容する言葉が思いつけない。どれほどの鍛錬をすればこれほどの力を身に着けることができるのやら。


 当のクレアは何事もなかったかのように御者台に戻って手綱を取った。


「速すぎて見えなかった。正直、私は卿をまだ過小評価していたようだ」

「つまらぬものをお見せいたしました。技についてはまだまだ未熟です。あの程度であれば聖騎士は誰でもこなしますし、速いだけではそのうち頭打ちになりますので」


 要は彼女の中ではまだ彼女の技は完成していないようだ。

 世の中、腕利きと言うのは天井知らずに上が存在するものなのだろう。

 




「召喚獣ですか?」


 野営中、私の提案にクレアは怪訝な顔をした。

 昼間の活劇を目撃し、一つ不安要素が洗い出されたことについてだ。

 クレアは剣の達人だが、一人では戦線は作れないし、挟み撃ちを受けた場合にも不安が残る。魔法使いである私が充分な準備時間を稼ぐには、後方を守る存在が必要だ。


「卿の腕を疑うわけではないが、卿に迫る技量の持ち主がこの先幾人も現れるようなことがあったら逃げることも難しいだろう。よければ殿を任せられるような魔物を呼び出しておきたい」

「それは有意義と思います。私一人ではやはり守れる範囲には限界があります故」


 プライドを害するかと思ったが、あっさりと同意が得られたので、早速森の中の開けたところに杖で魔法陣を描き始めた。

 召喚獣は言ってみれば使い魔だ。主な用途は護衛や偵察といった軍事的なものから愛玩のような目的まで多岐に渡る。

 その辺は組み上げる魔法陣のルーンと術者の思念に左右されるものであり、突拍子もないものが呼び出されるような事故はあまりない。ペットが欲しいのにドラゴンなんか呼び出したら維持費が大変なことになるし、逆に護衛を考えているのにカラスに出て来てもらっても困るのだ。召喚魔法の術式は、過去のそういう反省をもとに洗練されて来たものだ。

 そういう点で私の用途は決まっている。望むのは従順で燃費が良く、かつ充分な戦闘力を持った召喚獣。魔狼やグリフォンのような存在が理想だ。

 丁寧にルーンを紡ぎ、要所に魔晶石を置いて準備は完成した。


 興味津々なアビゲイルに離れるよう指示し、私は魔法を起動した。

 紡いでいくスペルが魔力の流れを整え、マナとオドが共鳴していく。

 それらが地に刻まれた陣に反応し、要所に置かれた魔晶石にぶつかって流れを変えて魔法陣内に循環し始めた。

 魔力の加速とともに現実を幻想が侵食し、魔の法を具現化する準備が整っていく。

 最後のフレーズを唱え終えた時、眩い光が魔法陣から迸った。


 閃光のせいでしぼんだ瞳孔が再び夜闇に慣れた時、魔法陣の中央に見えた何かに、私は召喚が成功したことを確信していた。

 だが、完全に視力が戻った私が見たものをどう形容したものか。

 魔法陣の中央に鎮座ましましているのは、期待したような猛獣ではなかった。

 それは手足が生えた、人のようなバランスを持った何かだった。


「殿下……恐れながら、私には人に見えるのですが」

「奇遇だな、私にも人が横たわっているように見えるよ」


 クレアの言葉に、私は不本意ながらも頷いた。

 信じたくないものがそこにいた。だが、アビゲイルの素直な言葉が私を現実に引き戻した。


「怪我人なのです」



 呼び出してしまったのは、どういう訳か重傷の冒険者風の男性だった。

 二〇代半ばだろうか。

 背中をばっさりやられている他、全身に崖を落ちたような細かい怪我が無数ある。左肩は強く打ち付けたのか粉砕骨折までしていた。

 考えなければならないことは山ほどあったが、怪我人がいるとなれば私がまずやるべきことは一つしかない。

 言うまでもなく、治療だ。クイーンズベリーの水魔法に加え、『内なる記憶』の中にある多くの外科的手技の出番。

 バイタルを確認すると、だいぶ衰弱しているが呼吸はある。心拍はやや弱い。

 薬品に限りはあるものの、応急処置をしてまずは命を繋がねばならない。

 粉砕骨折と背中の切創を中心に幾度も魔法を重ねがけし、裁縫道具を転用して縫合を行う。糸が縫物用なのは勘弁してもらうしかないが、いかんせん傷が深く内臓まで届いているところがある。治癒魔法の重ね掛けでもすぐには快癒とはいかない。

 それらを一つ一つ潰しながら、最後に肩の骨折を土くれを錬金加工したギブスで固めて一段落。後は定期的な治癒魔法の継ぎ足しくらいしかできることはない。

 消耗が激しいようなので砂糖を水に溶かして注ぎ込むと、素直に飲み込んでくれた。体力の回復には何をおいてもカロリーを体に入れないことには話にならない。


「これくらいなら手伝えるのです」


 といってアビゲイルが経口補充を請け負ってくれたので、その間に治癒のための魔法薬の調合を進められた。

 揺れる馬車の中で、アビゲイルが慣れない手つきで乾いた唇に砂糖水を注いでいると、やがて譫言を言い始めた。


「『えんで』、と言うのは何でしょう?」


 アビゲイルが首を傾げた。


「恐らく近しい女性の名前ではないかと思うが」

「エリカはこの人をどうするのですか?」

「呼び出してしまった以上は私が責任を持つしかあるまい。捨てていくにも後味が悪すぎる」


 その言葉に、御者台のクレアが言った。


「食料などには心配はありませんが、何かあった時に道連れにするのは忍びないかと。追っ手がかかった時は捨てた方がこの者も幸せかもしれません」

「その時は流れに任せよう」




 私たちの背後に追っ手が追い付いたのは、家を出て七日後のことだった。

 裏道を選んで進んできたとは言え、道の数は限られている。そろそろ来るだろうとは思っていたが、街道の彼方に見える黒い点を見て、視力のいいクレアが確認した。その数、およそ五〇。


「聖騎士ではないようです。旗から見ますに、恐らく公国の軍勢かと」

「妥当な線だな」


 私が犯した不始末は、公国がつけなければならない。教皇庁への対応としてはそれが当然だろう。


「手向かわれるのですか? ご家中の方々ですが」

「そこは元より覚悟の上だ。真正面から行くのは得策ではないだろう。街道を外れてくれ。目くらましをかけてやり過ごそう」

「……是非もありません」


 馬車を街道から外れた森の中に入れ、幻術をかけてその姿を隠す。これでも学院の主席、これくらいの芸当は芸域の内だ。クレアたちには轍の後を偽装してもらい、あとは息を潜めて連中の通過を待つだけだ。


 いよいよ近づいて来た追っ手の軍勢、その先頭にいた男を見た時、私は息を飲んだ。

 輝くような美青年。

 我が兄、ゴードン・フィリップ・オブ・クイーンズベリーだった。


 まずい。嫌な予感が湧いてくる。

 まさか兄が出て来るとは思わなかった。

 幾ら私が学院の主席でも、兄と私では実力に絶望的な差がある。

 それは剣の学生チャンピオンと王国の剣術指南役くらいの差だ。私なりに精一杯の術式を施した幻影魔法だが、そこらの魔法使いならいざ知らず、果たして麒麟児の誉れ高い彼の目を誤魔化せるかどうか。


「アビゲイル」


 私は小声で傍らで怯えている小さな聖女に声をかけた。


「もし、戦いになったら、後ろを振り返らずに森の中に走れ。そしてそのまま東のダータルネスを目指すんだ」

「エリカとクレアは?」

「残念だけど、見つかったら多分時間を稼ぐのが精一杯だ。だが、アビゲイルさえ逃げられれば私たちの勝利だ。分かるな?」


 尚も何か言いたそうなアビゲイルではあったが、もう話している時間がない。


 黙って行き過ぎてくれと念じる私の前で、不意に兄が馬を止めた。

 周囲の兵は何も気づかず過ぎようとして、兄の挙動に戸惑いながらもそれに倣った。


 何をするかと思いきや、兄は魔晶石を取り出し、何のためらいもなく私たちの方に投擲した。

 やはり誤魔化せなかったか。

 無念の歯噛みをしながらも、魔法使い同士の戦いの定石として、受けの一手を放たなければならない。

 手にしていた魔晶石に『起動』と唱え、飛来する兄の石の前に投擲する。

 同時に開放される魔法は片やシールド、もう一方は氷結の魔法だった。

 術が拮抗し、周囲に無数のダイヤモンドダストが煙のように舞い散った。

 抵抗には成功したものの、幻術はこの段階で破れていた。


「こんな子供だましが俺に通じると思ったのか、愚妹」


 露骨に馬鹿にしたような物言いだが、返す言葉はない。彼はそれを口にするだけの実力を有するのだ。

 その事実に、全身から脂汗が流れた。

 想定し得る、最悪の展開だ。


「ずいぶんな活躍なようだな」

「兄上もお変わりなく」

「愚か者が。己の軽挙がどれほどの迷惑を及ぼすか、考えなかったのか。こちらには教皇庁から苦情が来ているんだぞ。お前は公国を潰すつもりか」

「それは至らぬことばかりで申し訳ありません」


 私は当たり障りのない言葉を返しながらも私の頭は必死に活路を探していた。

 敵は約五〇名。彼らが個々の実力でクレアを上回るかは分からないが、数が数だ。実力行使でクレアが押し切れるか分からない。

 そして、クレアはともかく、メインの魔法使いにおいては正直勝ち目がない。その気になればこの辺り一面を氷原にすることすら彼なら可能だろう。

 正面衝突では勝ち目がなく、既に顔を突き合わせている現状では奇策も使えない。

 残る手段は条件的な勝利。

 こちらの勝利条件はアビゲイルを渡さないこと。刺し違えて共倒れになっても教皇庁にアビゲイルが渡りさえしなければ私たちの勝利だ。

 腹は家を飛び出した時に既に決まっている。時間を稼ぐ。今はそのことだけを考えればいい。


「すぐに聖女を渡し、お前はこの場で自害しろ。お前の首をもって教皇庁への謝罪とする。嫌だというのなら無理やりにでもそのようにしてくれる。好きな方を選べ」


 その兄の最後通牒に、私は杖を、そしてクレアは剣を構えた。


「申し訳ありませんが、私も信念をもって此度の行動に出ております。力づくということでしたらお手向かい致します」

「焼きが回ったようだな。俺に勝てると思っているのか」

「死ぬにしても、やれるだけのことはやっておきたいと思います」

「ならば俺が手ずから成敗してやろう」


 兄の目に、いつも以上の憎悪が光っていた。

 何故この人はこうも私を憎んでいるのだろうか。

 兄が手を上げると、兵たちが一斉に隊列を整えた。一気に圧し潰すつもりなのだろう。


「殿下、共に死ねること、心より誇りに思います」


 剣を手に構えたクレアが縁起でもないことを言ってくるが、この期に及んでは小気味いい物言いだと思った。


「殿下はもうやめてくれ。どうせ死ぬのなら、枕を並べるのは他所の臣下ではなく友と共にありたい」


 そう言うと、クレアは嬉しそうに笑った。


「そのお言葉、生涯の誉れに存じます。では、盟友として共に」

「上出来だ」


 そう応じて、私はアビゲイルを振り返った。


「行けアビー、後ろを振り返るなよ」


 それだけ告げて、私はルーンを唱え始めた。

 それに応じて兄が杖を構える。

 それを見た相手の五〇名が一斉に槍を構えて突撃して来た。

 応じるクレアの体から溢れ出る光の奔流。


 初手は私が取った。

 組みあがった魔法を無制限に開放する。

 選択した魔法は最も得意な『凍結』。雨のように氷の矢を降らせ、命中したところから絶対零度の凍結効果を全身に及ぼすものだ。多数を相手にした場合は非常に有効な魔法であるが、当然ではあるが相手の出方次第でその効果は変わって来る。

 兄が繰り出してきたのは、一瞬で展開した氷壁の系統の魔法だった。

 『凍結』は私なりに精一杯の攻撃ではあったが、この天才様はこちらの手を読んでいたようだ。私の矢をすべて受け切って見せた後で、その壁が私たちに向かって爆発した。

 無数の氷の礫にとっさにシールドの魔晶石を発動させるが、そのシールドも一瞬で木っ端みじんに破壊された。

 致命傷を避けるべく顔をかばう腕が氷塊を受けて嫌な音を立てる。両腕の尺骨が砕けたのだろう。

 次いで飛んできた氷をどてっ腹に食らい、私はぼろ切れのように吹っ飛ばされて背後の馬車に激突した。

 

 後頭部をぶつけ意識が飛びかける中、視界の端で私と同じようにダメージを被ったクレアがやや離れたところで頭から血を流して伏していた。


 これほどとは。

 私たちを馬上から見下ろす兄の様子に、私は己の目算の甘さに臍を噛んだ。圧倒的な実力の違い。時間稼ぎくらいはできるだろうと思った私が甘かったのだ。


「そこまでにしてください」


 後方から聞こえた声に振り向くと、そこには強い眼差しを湛えたアビーが立っていた。

 何故逃げない。


「何をしている、逃げなさい!」


 しかし、アビーは私の叫びに首を振った。


「友達を見捨てて逃げるのは、もう嫌なのです」


 そして、震える足で前に出た。


「お願いです。私はこのまま、貴方に降ります。その代わり、この人たちを見逃してあげてください。それがダメだというのなら、私はこの場で死ぬでしょう」


 そう言って取り出したのは小型のナイフ。

 震えることのない切っ先が、彼女の本気を雄弁に物語っていた。

 その様子に兄はしばし沈黙し、そして言った。


「いいでしょう聖下。その条件、お受け致します」

「やめろアビー、そんな約束、何の裏付けもない」


 私とクレアは背教者だ。公国が教皇庁に許しを請うなら私たちの首が必要になるだろう。

 もとより無事で済むことはありえないのだ。

 私の言葉に、兄は冷笑を浮かべた。


「心配するな。お前たちは教皇庁に引き渡すだけだ。そこで生かすか殺すかは宗教裁判次第。聖女のご意向とあれば裁判官も一考しよう」

「その話、本当なのですか?」

「お誓い申し上げます、アビゲイル聖下」



 すべてが水泡に帰そうとしていた。

 レナの思いも。クレアの奮闘も。何もかもが無意味なものになろうとしていた。

 だが、絶望の深さに視界が黒く染まりそうになった時、思わぬ第三者の声がその場に響いた。


「ちょっと待ちな、お嬢ちゃん」


 背後の馬車が揺れ、中から誰かが降りて来た。

 ろくに体を動かせぬ私の限られた視界の中に、包帯だらけの体が入って来る。


「こういう手合いが約束を守るなんてことは期待しちゃいけねえ。てめえの都合のためなら平気で子供を騙すような奴ってのは、大抵こういう面をしてるもんだ」

「何者だ、下郎」


 兄の言葉に、男性が言葉を返す。


「名乗るほどのもんじゃねえよ。女をいじめる野郎が誰よりも気に入らねえ類のチンピラってとこだ」


 それだけ言うと、彼は馬車に括り付けてあった槍を手に取った。

 そして風切り音を立てて槍を構えるや、狼が笑ったような笑みを浮かべた。


「哀れだな。しゃしゃり出てこなければ死なずに済んだものを」

「生憎と、こういう場面で黙っていられるほど人間出来てねえのよ」


 そう言うや、切っ先を真っ直ぐに兄に向けた。


「あんたがどこのどいつか知らねえが、覚悟しな。俺の槍は、ちっとばかり荒っぽいぜ」


 瞬時に満ちた戦気と魔力。青白い燐光を引きながら弾かれたように彼が疾った。クレアの時と同様に、速すぎてそのシーンを私は目視できなかった。

 聖騎士と互角。いや、それ以上。

 一瞬の早業で、彼の手から飛び出したのは数本の銀光。

 それが投げナイフだと分かった時には数名の兵の胴に風穴が開いていた。

 戦いのイニシアチヴは、その一閃で彼の手に渡った。

 予想外の展開に怯んだ兵に目もくれずに瞬時に兄と間合いを詰め、彼の槍は兄が先手のルーンを唱えるどころか魔晶石に手をかける間もなくその胸板を貫いていた。

 次いで、その光景に動きを止めた精兵たちに襲い掛かると、疾走する槍が瞬く間に兵たちを物言わぬ骸に還していく。

 兵たちもブーストを展開済みではあったが、その動きは圧倒的に遅い。

 精兵と比較してなお戦闘力が数桁のレベルで違う感じだ。


 すべての兵が倒れるまで、都合二〇秒ほど。


 一方的な殺戮劇は、呆気ないほど短い時間で終わった。


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