美月の見解とおかしな幸運
芳樹の機嫌が悪くなって・・・。
芳樹と映画を観に行ってから何日か経ったある日、恵麻は学校の帰りに幼馴染みの美月に声をかけられた。
「恵麻ちゃん、ハァーハァー、やっと追いついた。なんか恵麻ちゃんだけ青信号でスイスイ行っちゃうんだもの。私はことごとく赤信号に引っかかるし・・。」
「あれ?美月。なんだか久しぶりだね。今日はバスケ部は休みなの?」
「うん。体育館はバレー部が使ってる。・・って、そんなことはいいのよ。この間の日曜日の事でちょっと聞きたくてさ。」
「日曜日? ああ、美月はハルちゃんと映画を観に行ったんだよね。何観たの?」
美月と遥と恵麻は中一の時からの気の合う仲間だ。美月は恵麻の小さい頃からの友達だが、残念なことに中二になってからクラスが離れてしまった。美月と遥が一緒に出かけたのも半月ぶりぐらいではないだろうか。
「何観たのじゃないわよっ! 私も遥もびっくりしたんだから。恵麻ちゃんは武田君とデートだって言ってたのに大学生みたいなものすごいハンサムと一緒に話をしてたでしょっ! 一体どういうことなの?」
美月はいやに興奮している。まるで恵麻が浮気でもしてたんじゃないかというような言い方だ。
「・・ああジーザス、美月まで。もうっ、芳樹君だけでもウザいのに。」
芳樹はあの後も塚田さんのことを根ほり葉ほり聞いて来て、恵麻を微妙な顔で見るようになった。
私だってあの人のことをそんなに詳しくは知らないのに・・。
塚田さんは純兄の親友で大学も一緒だから、家でも夕食の時などによく話題に上る人物だ。しかし家に遊びに来たことはないし、恵麻もラーメン屋の前で会ったのが初めてだ。
「武田君とはどうなったの? ケンカでもしたとか?」
美月も心配してくれてたんだろう。おずおずと恵麻の顔色を窺っている。
「塚田さん・・大学生のあの男の人は純兄の友達だよ。うーんと美月に言ったことなかったかなぁ、『ツカちゃん女装事件』のこと。」
「はぁ?! あの高校の文化祭で先生にプロポーズされたっていうあれ?!」
「そうそう。あの写真は本当に綺麗だったよね。ハンサムな人って、女装しても美人になるんだから・・。あれ女優さんみたいだったもんねぇ。・・・ふふっ、ラーメン屋の前で偶然話しかけられた時にもあの写真のことが頭に浮かんできて、笑いをこらえるのがやっとだったの。」
恵麻がそう言うと、美月は激しく脱力したようだった。
「それで、恵麻ちゃんがいつになく楽しそうに見えたんだー。あー、心配して損した。」
「私って、傍から見てそんなに楽しそうに見えた? 芳樹君ったら『俺といる時より楽しそうに見えた。本当はその人のことを好きなんじゃないか?』って言うのよ。私は彼氏がトイレに行ってる時に、その辺の男の人と世間話もできないってわけ?」
「恵麻ちゃん・・・その辺の男の人っていう認識が間違ってるよ。あの人むちゃくちゃハンサムだし。それに大人っぽい男の人に恵麻ちゃんが甘えるように話してたら、気を許してるように見えたんじゃない? 武田君は自分が太刀打ちできない存在を前にして焼いてるのよ。」
「・・そうなんだ。芳樹君みたいに男らしくて、バリバリにサッカーやってる自信満々に見える人が?」
「何と言っても恋する中坊男子にあの男の人はインパクトが強いよ。翼先輩よりもかなわない感じがすると思う。」
「そんなに?」
「例えばさぁ、恵麻ちゃんは私の身長と遥の胸があったらいいなぁっていつも言ってるでしょ。」
「うん。」
「その上大人っぽくて素敵な人が初デートの時武田君に話しかけてて、鼻の下を伸ばしてデレデレしてる武田君を見かけたら・・・どうよ。」
美月の言う状況を想像したら、嫌な気持ちになった。
「・・本当だ。ちょっと嫌かも。」
美月は、笑いながら解決法を伝授してくれる。
「武田君は恵麻ちゃんに好かれているっていう自信がないんじゃない? 恵麻ちゃんがハッキリとらぶらぶなことを言ってあげたら、武田君は単純だからすぐに機嫌が直ると思うな。」
「美月・・・それってハードルが高い。」
そんな恥ずかしいことが言えるわけがない。
芳樹君は友達だし・・・友達?彼氏? どこがどれだけ違うんだろう。今のままじゃダメなのかな?
その後中間テストがあって、芳樹とのことは有耶無耶になったままだ。
つき合うと言い出した頃と同じように、クラスでは話をすることが多い。けれども今までとは微妙な距離を芳樹に感じることがある。
それを解決する方法を、恵麻はまだ見つけられていなかった。
しかし今回、恵麻はそれどころではなくなってしまった。
中間テストの問題が変というか、恵麻自身のテスト結果が奇妙過ぎる。
こういう問題が出るといいなと思っていた箇所がことごとく出題されている。そして英語のスペルミス等のちょっとした減点以外は、ほとんど正解している。
恵麻も成績がいい方ではあったが、今回はクラスで2位、学年で9番だった。今までより全体で30番も上がっている。
特に勉強方法やテスト勉強に取り組む時間を変えたわけでもないのにである。
これは、ラッキーって言って喜ぶ範疇を超えてるよ。
以前、美月にも指摘されたが、急いでいるので信号にかかりたくないなと思ったらずっと青信号で学校まで行くことができる。
そう言えば、ゲームでも負け知らずだ。
・・・いつからだろう。お正月に従兄弟や兄姉とゲームセンターで遊んだ時には、恵麻が勝ったような気がする。
あっ、「おみくじ」?!
恵麻は財布に入れているおみくじを出してみた。
ここに入れておいたこともすっかり忘れていたが、神社の巫女さんに「七年ぶりの運を引き当てられました。」と言われたことは覚えている。
まさかね。
けれども、そう思い出したら気になってしまう。
恵麻は『念じたまま 叶う』と書いてあるおみくじを持ったまま、念じてみることにした。
「今日の晩ご飯は、焼き肉が食べたい。」
するとおみくじが手のひらの中で温かくなったかと思うと、ボウッと文字が光った。
嘘っ! マジで?!
お母さんは、今日はスパゲティーにすると言っていた。これで焼肉になったら笑えるけど・・。
はたして、夕食は・・・焼肉だった。
「この間、結婚記念日に泊まったホテルのクジで、A5級のお肉が当たったのよっ!さっき宅配で何が届いたのかと思ったら、びっくりでしょ。今日は豪勢に皆で焼肉にして食べましょ。」
お母さんはウキウキしているし、お兄ちゃんとお父さんはまだ焼ける前からタレを器に準備して食べる気満々だ。お姉ちゃんも笑いながら皆にご飯をよそっている。
それはとろけるような柔らかいお肉だったが、恵麻は考え込んでいて味がよくわからなかった。
私が望んだように物事が動いてたっていうこと?
ということは、芳樹が恵麻に告白したのも自分が知らず知らずのうちに、それを念じてしまっていたからだろうか。
恵麻はゾクリと鳥肌が立って、持っていたおみくじをゴミ箱に捨てた。
嫌だ、こんな神様任せの運なんて欲しくない。
私の生活なのに・・・私の、私だけの。
告白された日の、あの照れて一生懸命だった芳樹の顔が浮かんでくる。
あれも、嘘なの?
うーん、ゴミ箱じゃないほうがいいんじゃないかと思うけど。