男女交際と友達は違うのです
つき合うって、なんだろう。
三学期が始まってしばらくした日曜日に、恵麻は芳樹に誘われて映画を観に行くことになった。
芳樹に誘われた時にはうろたえた。
まるでつき合ってる人たちがするデートみたいだと思ったのだ。まぁ、つき合ってるということにはなってるんだけど・・。
遥に「初デートだね!芳樹には期待できないけど、楽しんできてね。」とよくわからない激励を受けた。
やっぱりデートだよね。
武田君とは休み時間などによく話をするようになったが、放課後はお互いに部活があるので彼氏と彼女になったと言っても特別に変わったところはなかった。
恵麻は芳樹とはスポーツのコアな話も出来るので、楽しいなと思っていた。
つまり恵麻にとって芳樹は、彼氏というよりも遥と同じような友達という感覚だったのだ。
だけど休みの日にデートをするということは、なにか一歩違う世界に踏み込む感じがする。
日曜日にデパートの中央広場で待ち合わせの約束をした時には、さすがに恵麻も緊張した。
前の日からどんな服装で行くべきか散々頭を悩ませて着ていくスカートを選んだり、持っていくカバンの中身を吟味していると、女友達と出かけるのとはちょっと違う心境になるんだなと感じた。
待ち合わせ場所に武田君が現れた時、恵麻の内臓のどこかがギュッと絞られたような気がした。笑顔の武田君が手をあげてこっちへやってくるだけで、ドキドキしてくる。
・・・もしかしてカッコイイかもしれない?
芳樹はスリムジーンズにハイネックのスエットシャツを着て、チェックの厚手のシャツの上にダウンジャケットを着ている。
兄達も着ているような何気ない普段着なのだが、色合いが絶妙なためか、いやにキマって見える。
「お待たせ。今日は来てくれてサンキュ。俺、部活用のソックスが買いたいんだけどスポーツ店へ付き合ってもらってもいい?」
「いいよ。映画館も近いし。」
「恵麻は何か買い物がある? 何処でも付き合うよ。」
「うーん、じゃあ映画が終わった後で本屋に寄ってもいい? 『森ジャム』っていう本を買いたいの。」
「オッケー。じゃあスポーツ店へ行ってから・・・先に映画のチケットを買って、それから昼飯にするか。そのほうがチケットの割引が使えるし。」
「うん、いいね。」
うう、ちょっとドキドキしてるけど、たぶんいつものように話せてると思う。
・・よね?
なんだかデートというのは、いつもクラスで話をしているのとはちょっと違うみたい。
恵麻は二人で並んで歩きながら、チラッと隣の芳樹を見る。
芳樹が声を出さずに「ん、何?」と恵麻の顔を見降ろす。恵麻は慌てて何でもないと首を振って前を向いたのだが、耳元の方が赤くなっているんじゃないかしら。
やっぱり何かいつもと違う。これが二人きりで出かけるデートいうものだろうか。
足元がふわふわしている気分でスポーツ店の中に入ると、背の高い男の人が目に入った。
「あ、翼先輩!」
恵麻が小声で言ったのが、芳樹の耳にも入ったようだ。
「え?・・ああ、テニス部の。あの人、山内の兄貴なんだろ?」
「うんそうらしいね。桑南高校に行ったんだって。」
「へぇ~、頭いいんだな。」
二人でそんな話をしていたら、翼先輩がこっちに気づいて近づいて来た。
「もしかして、テニス部で一緒だった恵麻ちゃんかな?」
ええっ?! 何でこの人、私の名前を知ってるの?
「は・・い。そうですけど。」
「君はサッカー部だろ。ハハッ、そんな怖い顔をするなよ。相馬から君のことは聞いたことがある。一年に上手い奴がいるって。」
隣にいた芳樹の肩を叩きながら、翼先輩が気軽に話をしてくれる。しかし芳樹の顔は、ちょっと強張っているようだ。
「ああ、相馬部長。」
「それに恵麻ちゃんと遥ちゃんは、三年の男連中の中でも人気があったんだよ。武田君だっけ? 君、彼女を大切にしろよ。泣かしたら、飛びつく男は大勢いるんだから。」
翼先輩は、言いたいことを言うと仕事に戻っていった。
ここでアルバイトをしているというのは聞いていたが、冬休みだけかと思っていた。日曜日もバイトをしているなんて、勉強の方は大丈夫なんだろうか?
「あー、参ったな。ビビった。相変わらずオーラがすげえや。」
「そうだね。でも名前を知ってるとは思ってもみなかった。三年の三、四か月ほどしか一緒に部活してなかったんだよ。よく覚えてたね。」
「・・・男はそんなもんさ。可愛い子がいたらチェックしてるんだよ。しかし恵麻ならわかるけど、遥もか? うーん、蓼食う虫も好き好きだな。」
「もー、私の親友なんですけどっ。」
「だったな。わりぃわりぃ。」
芳樹が底が厚手のスポーツ用のソックスを買った後、二人で映画のチケットを買いに行った。
一時過ぎのチケットが取れたので、安心して昼食が食べられそうだ。
フードコートに行ってラーメンを食べることは決まったのだが、芳樹がトイレに行くというので恵麻だけがラーメン屋のところまで行った。
そこで看板のメニューを選んでいると、恵麻の側に来た男の人が、突然、話しかけてきた。
「君、もしかして林原恵麻さん?」
「・・・そうです・・けど。」
大学生のような人だ。こんな知り合いがいたかしら?
「あ、怪しい者じゃないよ。林原の、君のお兄さんの純一君の同級生なんだ。写真で妹さんたちの顔を見せてもらったことがあってさ。僕、塚田浩平と言います。」
「ああ、そうなんですか。純兄の。・・・もしかしてツカちゃんですか?」
「そうそう!」
「フフッ、兄からお噂はかねがね。」
「・・クゥー、どんな話をしてるんだか。」
思ってもみないことに、この人は高校時代からの純兄のお友達だった。こんな偶然はないですねと武田君を待ちながら座ってしばらく話をしていた。
しかしこれがまずかったらしい。
トイレから帰って来てからの武田君の機嫌が、ものすごく悪くなったのだ。
友達と男女交際は、どうやらだいぶ違うらしい。
一つ勉強になった恵麻だった。
うーん、どうなるんでしょう。