完全犯罪(Bidding Farewell)
完全犯罪(Bidding Farewell)
I
——走れなくなった。
「ゴーゴーレッツゴー……」
ランニングする中学生の列が、横を通り過ぎていく。
早春の気まぐれな風が、彼らについて行って髪をかるく揺らす。おっとり刀でかけつけた太陽が、殺風景なアスファルトをいいわけ程度に暖めて、去って行った。
いつもどおりなら、一日中練習してるはずだった。
大会に出て、出来るものなら自己ベストを更新して。みずからの身体と、終わりのない競い合いをする。
そんな青春らしいイベントは、永遠に失われた。
「今後リハビリすれば、自力歩行は可能かとおもいます。ただ——」実直だけが取り柄の主治医は、「人並みに走るのは難しいとおもいます」と、客観的かつ適切な意見をくれた。
「あーあ」
河川敷の芝生に下半身をあずけて、両手を後ろについた。
部活をしていないと放課後は暇だって。そんなことすら、しらなかった。
寒風吹きすさぶ河原とてあって、あたりに人影はほとんどない。もっとも、だからこそ選んだのだけれど。
「模試の判定、Eだった」
志望校は都内にある女子大。
スポーツ推薦なら、なんとか入れたのだろうけれど。素の学力が壊滅的に悪いので、模試の結果は惨憺たるありさまだった。
「いきなりベンキョーしろっていわれて、出来るわけないじゃん」
「あなた、陸上バカだったものね」
ユーコはにこりともせずに言う。
この出来のいい親友は、すでに推薦で内定を決めている。
「視野狭窄が弱点なのです」
「視野狭窄、か。
——そもそも、あなたどうして陸上を始めたの?」
「……さぁ。どしてだろ」
とても簡単な質問のはずなのに。
どうしてだか、こたえられなかった。
むしろ。
その答えは、じぶんの"うち"にはないような気がした。
「ユーコ、時間大丈夫?」
「うん。しばらく休みになったから。……その、あなたの件で」
「そっか」
「けがはその……残念だったけど。しかたないわ」
しかた、ない?
その一言が、どうしても引っかかった。
「は? 意味わかんない!」
「ちょっ……ちょっと!」
大声を出されたのは予定外だったのか、ユーコはあわてた。
「こんな目に遭わせておいて、それが、しょうがないっていうの?」
客観的にいって、これ以上ないくらいに不運な事故だったとおもう。巻き込まれてしまったのだって、いくつもの不幸な偶然が重なってしまったからにすぎないのだし。
「しょうがない、で済めばいいけどさ。あたしはなにもかもなくなっちゃったんだよ??」
「でも、あなたの気持ちは、よくわかる、って……」
「余裕があるからそんなこと言えるんでしょ? ならもう、明日から走るの辞めてよ。金輪際」
理屈になっていないことばをさえずっている。
こんなの、みっともない負け惜しみ。それなのに口だけはぺらぺらとまわって、たいせつな親友を傷つけるのをおさえられない。
「っ……」
ユーコは唇をかみしめてうつむいた。
「ほら、出来ないでしょ?
ユーコって、昔っからそうだよね。根拠もないのに安請け合いする。ほんとうはあたしのこと見下してるんじゃない?」
「あなたね!」
ユーコは、敵を見るような瞳でにらみつけていた。
まただ。
また、やってしまった。
「ご、め--」
「……もういい。ずっとひとりでいれば?!」
言い訳すら許さず。
彼女は足早に走り去っていった。
その瞳から何か光るものがこぼれ落ちているような気がしたけど、何も見たくなかったから、目頭に手を当てて、また芝生に背中をあずけた。
「わかってる。ぜんぶあたしが悪いんだ。そんなの、わかってるに決まってるじゃない……」
まなじりから流れ出してきた暖かい液体が、じっとりとシャツの袖をぬらしていった。
II
彼氏にフラれた。
「——何がいけなかったんだろう?」
好かれる努力は何だってした。でもちょっとだけ、空回りしている自覚があった。夢中になっているのはじぶんだけで。カレの視線がどんどん覚めていくのが、いつからかわかってた。
「嫌だー、厭だー、イヤだ!!」
空元気もなんとやら。
リビングのいすの上でみっともなくだだをこねる。こうやって子ども臭い立ち居振る舞いでもしていないと、気分がどうしようもなく沈んで。そのうち、ここからいなくなってしまいそうだったから。
「お前がイヤじゃなくても、相手はもういやなの。
しょうがないじゃないのさ」
お母さんがうそぶく。
「お母さんに、わたしの気持ちがわかるわけないじゃない!」
「そらそうさね。しょせんはおやこだって他人さね」
お母さんは仏頂面でそうのたまった。
「あんなすてきなひと、もう二度と出会えないかも……」
「まえもそう言ってたでないか。むかしとおんなじだね、あんたは移り気で」
「……それはそうだけど。
でも、今度こそ違うんだって!」
「だまされるやつは決まってそう言うんだよ」
詐欺被害者をみるかのように、かわいそうな表情をされる。
「あ、わたし半熟ね」
どうしてこんなにかなしいのにおなかはすくのだろう。
食事をとらないでいられるのなら、きっとなにも悩む必要はないのに。
「はい、はい」
お母さんは、器用に卵焼きをひっくり返す。ソース派の食卓にあって、ただひとりしょうゆ派だから、人権がないのかもしれない。
「--」
救いを求めるかのような表情で、対面に腰かけているお姉ちゃんに、アイ・コンタクトを送ってみたけれど。
「わたし、今日一限だから」
助太刀するどころか、あの女はこともあろうか敵前逃亡しやがった。
……お姉ちゃんはきっと、不出来な妹のことなんてどうだっていいんだ。
「女と同じくらい男だっているんだから、いつまでもくよくよしないの。案外、あんたの気づいていないところにいいひとがいるかもしれないじゃないのさ」
「ちぇ。わかったってば……」
寒々しいカーテンの合間から空を見上げる。
雲から差し込む朝日は、いかにも頼りない。
「雨降りそう」
「傘持ってきなさい」
「わかった」
「ほら、さっさと支度して。遅刻するわよ」
もうだれかと待ち合わせすることもない。
いつだって、幸福を包めるハンカチはふたりぶんないんだ。
学生カバンをひっつかみながら。ふと、そんなことをおもった。
*
新宿の空は狭い。雨後の竹の子みたいに林立する高層マンションたちをみると、よりつよくそうおもう。
数え切れないくらいのひと。みんな目的のあるような表情をして、熱病に浮かされたかのように歩みを進めている。近い将来このひとたちのように、人混みを形成するだけの存在に成り下がるんだろうか。
「二十一番線に、——行きが参ります。白線の内側までお下がりになって、お待ちください」
機械的に、繰り返されるアナウンス。
——ここから、どこに行けばいいのだろう。
「ねえ」
モトカレは、「走れないきみには興味がない」といった。
おもえば物心つく頃から、ずっと走りどおしだった。そう、走っている以外のじぶんが思い浮かばなくって、ほんとうのじぶんってものが、いつからかわからなくなってた。
「ねえってば」
「--え?」
「ひどいな。さっきから、ずっと話しかけてたのに」
一瞬が一秒に引き延ばされる。
一秒は十秒に変換される。
そろそろ電車が来る。
「ねえおねえさん。暗い表情してどうしたの?」
すぐ斜め後ろにいたのは、和服姿の少年だった。
「ぼうや、へんなこといわないの」
「子どもだっておもってるんだろ。おねえさんだって、十分そうなのにさ」
狐の面をかぶっているから、表情はよくわからない。
「つらいことがあったんだよね。
ずうっと記憶の海の底に沈めて、忘れてしまいたくない?」
少年はにたりと笑った。
その提案はとても魅力的で。
反射的にうなずいてしまいそうになる。
「でも、そんなこと……」
「目を背けて何がいけないのさ。ガマンしすぎはからだにもよくないよ」
理由もなく。
彼のコトバは、胸奥深くまですうっと入ってきた。
「わかったようなこと、言うのね」
「だって、みんなそうだろう? きみたちだって他人のこと、わかったようなふりをして、いつも暮らしてるじゃないか」
「そっか。それも、そうだよね」
畢竟だれも、その人が今何を考えているかなんてわかりっこないんだ。
お母さんだって。
親友だって信じていたユーコだって、わかってくれなかった。
「ねえ、教えてくれる?
どうしたらこの胸の痛みをなくすことができるの?」
走れなくなってから。
カレと別れてから。
世界は全部、モノクロになってしまった。食べることも寝ることも遊ぶことも。ぜんぶ薄い膜を通して感じられるみたいに、ゲンジツ感がない。
「ないよ。それはきみが一生背負っていくべき"とが"だから」
「みんな、こんな重しを抱えて生きているの?」
「そうだよ。アタリマエじゃないか」
少年が、にやりとわらったような気がした。
「……ならそんなのがない、やさしいところにいきたいな」
「へえ。おねえさんは、そういうんだね」
少年の口元が、気のせいか、ぱっくりと裂けたようにみえた。
「ひっ!?」
「それじゃ、いただきます」
「!?」
彼の頭部はみるみるバスケットボール大になり両手いっぱいに抱えきれないくらいになり二つに裂けて、丸々と飲み込まれた。
薄れゆく意識の中。
早く非常停止ボタンを! という怒鳴り声や。
知らないわ! いきなり意識を失って倒れたの! という金切り声。
そして。
おれが助けます! という、切迫した男の子のさけびがこだましていた。
III
「あいたたた……」
たたきつけられたみたいに全身が痛い。
ついでに腰も。
「ここ、どこだろ?」
あたりは石ころや砂利道が広がっている。
大半は木造建築で、まるで江戸時代にタイムスリップしてきたみたいだ。
おそるおそる視線を下げてみると、足元にひろがっているのは石畳に見える。
「早朝のターミナル駅にいたはずなのに……」
底冷えのする空気だけが、これがゆめではないことを教えてくれた。
むかし家族でよく観てた時代劇。そこに出てくる町並みにそっくりだ。
「にゃあ!」
ちょっと気取ってみせるような鳴き声。
「!? ねこ?」
振り返ってみれば、そこには。
黒猫、ぶち、ショートヘア。
「猫ばっかりだ……」
視界に入るはすべてネコ。
水浴びをしたり。
ベンチを我が物顔に占拠してたり。
あげく、人間みたいに着物をきて——え?
「わ、わ、わあ」
こちらの腰くらいの背丈で、二足歩行しているやつがいる。
「やだ、かわいい……」
着物猫はこちらへと近づいてくる。
いかめしい表情なのはどうしてだろう。
「ねえ、あなたはだあれ?」
つい、人を相手にするかんじで話しかけてしまった。
「ははー、猫がしゃべるわけないかー」
「……それがしは遠州から参った。延喜から続く武家の跡継ぎぞ」
「えっ、ええっ!?」
「人語を解する、これ猫としては初歩中の初歩である。家猫としては、江戸から脈々と続く技量だ、無礼であるぞ」
「は、はい。すみません」
「よかろう」
猫侍(と勝手に呼ばせてもらおう)はきちんと佩刀して、月代も結っている。
教養は身なりに宿ると言うけれど、なかなかに清潔感のある出で立ちだ。
「しかして、どうしてここに参ったのだ?」
「わからないの。気づいたら、ここにいたっていうか」
「この猫どもの王国からニンゲンがいなくなって幾年月。
いまでは、おまえたちを見知るものもすっかりいなくなった。昔を識るのは、大叔父様を筆頭とした御伽衆くらいのものだ」
「お、御伽衆?」
「そうだ。将軍殿に物語を話して聞かせるのだ。
殿下は空前絶後、奇想の発露たる物語を求められておいでだ」
「へーそうなんだ。なんだかオモシロそうだね」
「何を言うか。殿下は乱心しておいでなのだ。国中から血統書付きの美女を呼び寄せ、毎日のように宴会が繰り返されておる」
「お金持ちなんだね」
お金のあるひとの考えることは、よくわからない。
友だちのお父さんは、ずっと三つもあるモニターとにらめっこしているらしい。きわめてオモシロくなさそうだ。
「昔からそうだったの? そんなにひどければ、一揆とか、革命とか起きてそうだけど」
「むろん、以前はこうではなかった。殿下は聡明であられ、開明的な施策をいくつも行っていらっしゃった。この国の発展は、すべて殿下あってのことだ」
「ふーん。頭が良すぎるのも考え物だね」
なまじっか先が見通せるぶん、ほかのひとよりずっと生きづらいにちがいないから。
「殿下は御伽衆のかたる物語にもすっかり飽きてしまったご様子で、日々あたらしい語り手を呼び寄せているのだが、ひとりとして帰ってきたためしがない。
満足できる話が出来なかったものは、ことごとく殺されてしまったと、もっぱらのうわさだ」
「——へえ。いいよ、あたし確かめてくる。どのみちゆめだしね、何やっても大丈夫でしょ」
むかしから、物語を作るのだけは自信があった。
小学生の時、童話を作ってみるという課題があった。そのとき初めて、起承転結すべてをじぶんでつくる楽しさを知った。
「冗談ではないのだぞ!」
猫侍は血相をかえてとめる。
「以前のような殿下ではない。おぬしのようなか弱きおなごとて、何をされるかわからん」
「じゃあ、守ってくれる?」
「たわけ! すぐ首が飛ぶわ!」
「じゃあ目の前で、わたしが死ぬのを黙って観てればいいじゃない」
「おまえなあ……そういくわけあるまい」
猫侍は眉間に深くしわを寄せる。
後一押しでいけるかもしれない。
「あなただって興味あるでしょ。殿上人のすまい」
「むむむ。おぬしは、おぬしはもう——だれに似たのだか」
彼は折れた。
「ねえ。いつまでもあなた、とかきみ、とかじゃ不都合でしょ。
——名前。
あなたの名前を、教えてくれる?」
「名前、か。そんなもの……。まぁいい。それがしは直哉と申す」
「? よくありそうな名前だね。
まあいいや、よろしく」
「せいぜい、足手まといにならぬようにな」
にこりともせず手を差し出してくる彼の手を握る。
肉球はやわらかくて、とっても気持ちよかった。
……。
……。
あれから数百年ぶりに訪れた人類の客人ということで将軍へのお目通りを申請し、直哉ともども城下にしばらく留め置かれた。直哉の大叔父である御伽衆の惣領の取りなしもあって、こうしてふたりで将軍の居城の廊下を歩いている。
「しかし、おぬしの肝っ玉には驚いたものだ」
直哉は感心するようにいった。
わらうとえくぼが出来て、人なつっこいような表情になる。
「これでも、度胸だけはあったからね」
「だろうな。しかしおぬし、初めて会ったときから思っていたが、どうしてそんなに物憂げなかんばせをしているのだ?」
「そ、そう?」
「かまってくれ、とかおに書いてある」
直哉は、にこりともいわずにそう告げる。
「ひどいこといっちゃったんだ。友だちに」
「——友に。そうか」
「もう口も聞いてくれないとおもう」
「友は、そう申したのか?」
「ううん」
「ではそれは、おぬしの独りよがりの想像だろう。お主がおぬしをおとしめるのは勝手だが、自分一人わかったような顔をして、他人を貶めるのは感心せぬ」
「……そうだね。ほんと、あなたのいうとおり」
「だが」
「うん?」
「やり直せぬことなどこの世にはあらぬ。きっと、みな待っているのだ。おまえが立ち直るのを。面倒で手をこまねくものほど、周囲のものはかわいがってくれるものだ」
「——うん」
……。
……。
猫将軍は、豪奢な作りの一室にいた。
さすがに背は低いけれど、猫にしてはかなり大柄で、玉座の上からこちらを睥睨している。
「さきの大言壮語伝わっておる。
それでは訊かせてもらおうか。
そこもとがおもう、無上の物語とは何ぞや。」
「いいわ、教えてあげる」
滔々と語る。
これまで歩んできた日常を。
だいすきだった陸上を、けがが理由で辞めざるを得なかったこと。元気で記録を伸ばし続けられる親友をこころから祝福できなくて、ひどいことを言ってしまったこと。
家族が何も言わないで、ただじっと見守ってくれていたこと。
あれだけ大嫌いだったお姉ちゃんと、通院がきっかけで仲直りしたこと。
「どこが奇想なのだ。どこが空前絶後なのだ。
ありふれた、取るに足らぬ出来事ではないか!!」
「ええ、そうよ。だからあなたはだめなの」
「おい、貴様! 将軍様に無礼な口をきくな!」
「うるさい!!」
三下を一喝してだまらせる。
「ほう」
はじめて将軍は、こちらに対して興味を持ったようだった。
「なぜだ娘。遠慮なく申してみよ」
「だって、ここがどれだけよくたって、それじゃあ意味がないの」
言葉を紡ぐ。
「気がついたらあそこにいて。みんな、なんとなく人生を続けているだけなんだろうけど。それでもわたしは、あの日常がいい」
「美男美女、酒池肉林。それでは不満か?」
「ええ。だってここには——物語がないから」
将軍は、あっけにとられたように息をのんだ。
「まだやり残したことばかりなの。わたしの物語は、わたしがこれから責任もってオモシロくするから、どうぞ帰してちょうだい」
「はっはっはっ!」
将軍は呵々大笑した。
居並ぶ家来たちも、おもわずあっけにとられている。
「——物語のないここに。物語しかかたりえぬおまえを、どうして留め置くことが出来ようか」
将軍はまだ笑い足りないらしく、腹をよじってわらっている、
「よくぞ申した!」
将軍はこちらを、慈しむような目をしていた。
「悩みなき楽園を無意味と申すか。なるほどおまえは、あの呪われた地上にこそふさわしい」
将軍はそう言うと、腰からはいた長刀を抜き払ってーー。
「あ、やば」
こちらを殺すために放たれた一撃は。
一分のすきもよどみもなく、これまで目にした動作の中で一番きれいだった。
肉と骨の削れるおと。
「おいっ!!」
しばらく、ずっととなりにいただれかのこえ。
なぜだろう。
とても"懐かしい"と、おもってしまった。
「大丈夫か!」
——だから。
けが人を揺すっちゃいけないって、常識でしょうが。
「なんだ。そんな表情もできるのね」
なんてみっともない表情だろう。
洟が垂れて、形のいいくちびるだけがくつと結ばれている。
——でも、だからこそ。みっともないくらい心揺さぶられる。
「ばかをいうな。おまえがそうさせているのだ」
「そっか……それも、そうだね」
躰から暖かい液体はすっかりと流れでてしまって。
きっと、そういうことなんじゃないかな、っておもった。
「ごめんね。」
謝ったのはだれにだったのか。
「よい。よいから、もう、しゃべるな……!」
ゆめの続きは、またゆめなんだろうか。それとも、だれかのゲンジツの片隅なんだろうか。もう、わからない。
「死なないでくれ、あすか——」
その声はなんだか、どこかできいたことのあるような気がした。
……どこだったろう、いいや、そもそも。
どうして、飽いていたはずの日常に戻りたいなんて言ったのだろう。答えは案外シンプルで、いつも退屈そうにほおづえをついている、斜め前の男子のような気がした。
Ⅳ
そうしてまた、いつもとまったく同じあさはくる。
世はなべてこともなし。
違うのは野良猫と、あるクラスメイトをさがしてしまう癖がついたことだけ。
そこで、ようやく、ながいゆめからさめた。