33 消化
侵入した瘴気溜まりは、発生して間もないためか迷宮化もそこまで進んでいないようで、見晴らしのいい荒野が広がっていた。
「カンスケ様、あそこです!」
ノノが指差す方向へ目を凝らすと、小さい人影のようなものがかすかに確認できる。彼女やララには、はっきりと見えているようだ。
「ホリーさんたちが囲まれているようです」
「なんだって!?」
それを聞いた寛介は人影へ向かおうとするが、地面が割れ、そこから魔獣が現れて囲まれてしまう。現れた魔獣の外見は小鬼や狼など様々であるが、木目調の肌を持っているという点では共通している。
「邪魔だっ!」
魔獣を倒しても死体が地面に吸い込まれるように沈んでいったかと思うと、すぐに新しい個体が現れるためきりがない。一体の強さが大したことが無いことが、唯一の救いであった。
「カンスケさん、これは恐らく巨人樹の[模倣種]です」
ララの言う[模倣種]は巨人樹と呼ばれる魔獣が持つ種族特性で、自身の魔力を使って魔獣を生み出す能力である。
「もし巨人樹がこの迷宮の主であれば、大本をたたかないと際限がありません」
通常であれば巨人樹が持つ魔力にも上限があるため、生み出すことができる魔獣には限りがある。しかし、巨人樹が迷宮の主として存在している場合は少し話が変わってくる。
迷宮で倒れた者は養分として魔力に変換され吸収されるため、巨人樹は特性で生み出した魔獣が倒されると魔力として再回収し、それを元手に新しい魔獣が生み出すことができる。それは永久機関ではないにしても、限りなくそれに近い。
「なるほど、なら頼んだぞナル!」
『任せて!』
ナルの[魔力喰い]を使えば、倒した魔獣が魔力に変換され迷宮に吸収されるよりも先に魔力を吸収することができる。
『あんまり美味しくないから、遠慮したいんだけど……』
「すごいナルさん、魔力を吸収することができたんですね」
「ああ、本人は嫌がってるけどな」
「ナルちゃん、頑張ってください、後で美味しいものいっぱい食べさせてあげますから」
『いや、私食事しなくても、っていうかお腹いっぱいになった後に更に食べさせられるの!?』
剣になっているナルの声が、ノノへ届くことはない。寛介はご愁傷さまだ、などと思いながら、魔獣を斬り伏せていった。
――キジは恐怖していた。町長の孫として、将来は町のリーダーとなるべく教育を受けてきた。鑑定は行っていないが加護も発現しており、森にまれに現れる魔獣程度なら相手にならない。
瘴気溜まりの中でも戦える自信もあった、特にそれが発生してすぐのいつ消えてもおかしくないレベルのものであれば間違いないと考えていた。
「こんな数、どうしろっていうんだ!」
キジに足りなかったのは、迷宮自身が魔獣の一種、つまりは生物であるという認識であった。どれだけ弱くおとなしい生物でも飢餓状態であれば食料を求めて暴力的になることは想像に難くない。生まれたての瘴気溜まりにわざわざ入ることなど、まさに飢えた肉食獣がいる檻の中に飛び込んだことと同義である。
そして、|好きになった女性が振り向かないことに腹を立てて後先を考えずに短絡的な行動を取ってしまう男が取る行動は簡単に予測できる。
「オマエが、オマエが悪いんだぞホリー! だから俺のために死ね!」
キジはホリーを魔獣たちの方へ突き飛ばす。突き飛ばされた彼女は、群れの中へ倒れ込んでしまった。
「へへ、今の間に――っ!?」
キジが驚愕するのも無理はない、倒れ込んだホリーではなく魔獣たちはキジを取り囲んだのだ。
「ちょ、まっ」
抵抗し何体かの魔獣を倒したキジだが、数に押されてついには身動きさえ取れなくなってしまった。子鬼が持っていた棍棒をキジの頭に振り下ろすと、トマトが潰れたように赤い液体を撒き散らしてキジは息絶えた。
「うっ……」
魔獣たちは息絶えたキジをさらに叩く、踏む、ぐしゃぐしゃになるまでそれを続けた。目の前でその様子を見ていたホリーは吐き気をもよおしてしまう。肉片に成り果てた彼やその際にでた液体は、地面に吸い込まれるようにして消えていった。これが迷宮が人間を消化する方法なのである。
「こ、来ないで……」
次はお前の番だとばかりに、魔獣たちがホリーを取り囲む。
「た、助けて……助けて、カンスケ!」
魔獣たちはジリジリと包囲したホリーに近付いていく。醜い顔をした小鬼がキジをぐしゃぐしゃに叩き潰した棍棒をホリー目掛けて振り下ろした。