32 拉致
ホリーとの川辺デートの翌日、寛介たちは瘴気溜まりの調査として、改めてメソ近くの森を探索していた。
「何か感じるか、ララ」
「はい、向こうの方から」
ララが示す方向へ進むと、風景がぼやけている箇所を発見した。
「ここか、前に見た物とは違うな」
瘴気溜まりは養分を得るために、幻覚や幻聴などを発声させて生物を誘い込むものもある。以前、寛介はオークに追われる人間の幻覚を見せられ、瘴気溜まりへ取り込まれた。
「私たちへ幻覚をかける力がまだない、生まれたてなのでしょうね」
「なるほど、ならこの辺りは危険だと町の人に伝えておけば大丈夫か?」
「取り込まれる養分さえなければ、この規模なら二日ほどで霧散するかと思います」
「オーケー、じゃあ戻ろう」
調査結果を報告するため、メソへ戻る。
「……」
寛介たちが立ち去った後、木の陰に隠れた男が笑みを浮かべていた。
「なるほど、わかりました。近付かないよう、周知致します」
メソの町長へ、調査結果を報告すると寛介たちは自治協会へ報告するべく帝国へ戻ろうと考えた。
町長の家から出ると、町が騒ぎになっている。騒ぎを聞きつけた町長も、家から出てくる。
「何事ですか?」
町長が騒いでいる者へ尋ねる。
「セガールのところのホリーが、キジの野郎と口論になって、どこかへ連れてかれたらしい!」
町長と寛介の顔が青くなる。
「キジ……、馬鹿者が」
「誰だ、そいつ」
寛介が声を荒げると、町長が申し訳無さそうに口を開く。
「キジは、一昨日カンスケさんに食って掛かった男で、私の孫です」
「あいつか……、それにしても何でホリーを」
「お恥ずかしい話、キジは以前よりホリーを好いておりまして……」
可愛さ余って憎さ百倍という言葉があるぐらいで、好意が悪意に変わることなどよくあることだ。
「どこへ行った!?」
「向こうの森の方へ行ったのを見たやつがいたらしい……」
「カンスケ様、あっちって……」
指された方向は、先程瘴気溜まりを発見した森の方角であった。寛介は一目散に走り出す。ノノとララも急いでその背中を追っていった。
「ホリー、オマエが悪いんだ、オマエが」
血走った目でホリーを抱えた男が森を歩いていた。
「俺がいるのに、あんなガキに誑かされて……」
完全に正気を失った男は瘴気溜まりの前でぶつぶつと呟いている。
「あんなガキにオマエを奪われるぐらいなら、ひひひ、この中で一生一緒に」
「ん……」
意識を取り戻したホリーは、常軌を逸した状況に気が付き男の腕の中で暴れる。
「暴れるなっ!!」
「ひっ!?」
男はホリーへナイフを突きつける、ホリーは恐怖で涙を浮かべた。その顔を見た男は嗜虐心をくすぐられたのか、満足そうに笑う。
「そうそう、そうやって可愛くいれば良いんだ、俺のそばで一生な」
すると気味の悪い笑みを浮かべていた男の背後から怒鳴り声が聞こえてくる。
「おい! ホリーを放せ!」
その声にホリーの表情が明るくなる。寛介が男を怒りの形相で睨みつけていた。
男の表情が一転し狂気に染まっていく。
「ひひひ、無駄だあ」
そう言って男は狂った笑い声をあげながら、ホリーを抱えたまま瘴気溜まりへ近付いていった。
「おい、待て! くそっ!」
寛介が引き止める間もなく、男とホリーは瘴気溜まりへ飲まれていった。
遅れて追いついたノノとララもその様子を見ており、信じられないと口を覆う。
「カンスケ様……」
「ノノ――」
全てを言わずとも、ノノはこの後に寛介が何を言い出すかを理解していた。そしてそれが危険だからと止めても無駄であることも。
「はい、行きましょう。うちもお手伝いいたします」