29 覚悟を示す
カナエの鋭い指摘を受けたマクスウェルは、目を閉じて思案する。
(私が、賢者と同じ……)
否定する言葉が見つからなかった、むしろその通りだと思ってしまった。
人というものは多数が支持する無難なものを選択する性質があり、その際に中身をしっかりと吟味する者は少ない。だからこそ多数派の統一派はずっと多数派だし、少数派の融和派はずっと少数派なのである。
これを逆転するために、融和派は勇者の力を必要としている。勇者の求心力を利用すれば、効率よく派閥の支持層を広げる事ができると考えたからだ。皮肉にも、賢者ガウスも過去に同じことを考え、星の勇者を手中に収めようと暗躍した。その結果、カナエは王国を追われたのだ。
もう諦めたほうが良いのか、そのように思った時、ふとマクスウェルの脳裏に、危険を顧みずに自分のために活動を続ける同志たちの顔が思い浮かんだ。
(そうだ、それでも私たちには、叶えたい夢がある)
再度、カナエがマクスウェルへ尋ねる。
「それで、本当にお前は私に協力しろと言うのか?」
マクスウェルは目を開くと、カナエを見据えながら言葉を発する。
「私の夢は世界を平和にすることです」
「そうだったな」
「そして今やそれは私を信じてついてきてくれる者の夢でもあります。だからこそ、その者たちのためにどのようなことでもすると決めました。たとえ、あの賢者ガウスと同じと言われようと構わない、どうか、ミリアムさん! 私についてきてください!」
そう言ったマクスウェルは先程までの、どこか憧れの人物を頼るような弱さが見える目ではなく、強い目をしていた。
カナエは思わず笑い声を上げる。
「くく、ついてこい、か。言うようになったなぁ」
「そ、それは言葉のあやというもので」
カナエが手を差し出す。
「お前の覚悟はよく伝わったよ、占星術師カナエとしても、星の勇者ミリアム・ブランケットとしても融和派に協力しよう」
マクスウェルは涙目になりながら、カナエの手を取った。
「はい、よろしくお願いします!」
「改めて、次の話に入るとしよう」
カナエは長い足を組みながらソファへかけている。その居住まいは時間を忘れて眺めておきたい程に美しい。
「美子の件だが、検討がついて、昨日にようやく魔法陣の構築が済んだ」
「本当!? ならすぐにでも」
「まぁ待て」
嬉しい報告に、前のめりになった寛介をカナエが制した。
「洗脳魔法のような呪術系統の魔法には厄介な性質――、例えば解呪に失敗した場合、何らかの形で反発が発生するものがある。その対象が私であれば何も問題は無いんだが、呪いの対象に何らかの影響を与えるように設定されていたとしたら……」
「そんな……」
わかりやすく気落ちする寛介を尻目に、カナエが。
「そこでだ、先日捉えた魔族、ボーマンだったか。あいつを実験に用いることにした」
「実験ですか?」
マクスウェルがどういう意味かと説明を求める。
「聞き取りを行ってわかったことだが、奴にも同種の洗脳が施されていた」
なるほど、と二人は理解を示した。
「安全が確認出来次第、美子の洗脳を解除する予定だ。その後の経過観察も含めて、全てがうまく進めば、最短で十日程で話せる程度には回復する予定だ」
「カナエさん、美子の顔を見ることはできる?」
「ああ、大丈夫だ。話が終わったら見に行こう」
それを聞いた寛介の表情が和らいだ。
「次に今回の襲撃だが、[転移術]が使われた痕跡があった」
「[転移術]……」
その名から察しがつく通り、[転移術]は距離を無視して、移動することができる魔法である。
「大量の魔力を必要とするはずだが、恐らく呪具を用いて集めたんだろう、屋敷の近くに魔力が空になった兵士が転がっていた。まぁ、方法などはどうでもいい、男とラザールとかいう魔族から聞き出せば良いだけだからな。ただ、この規模の襲撃、賢者もなりふり構うつもりはないようだ」
大量の魔獣と魔族を用いた第二王子への襲撃、成功しようと失敗しようと王国内が騒ぎになることは必至である。
「今後も同じことが続く可能性もあるということですね」
「そうだ」
ここまでくると、もはや城内すら安全地帯では無いだろう。
「なら、しばらく俺たちと一緒にいないか?」
寛介の提案に、マクスウェルは首を横に振る。
「ありがとう、気持ちだけ受け取らせてほしい。私だけ逃げることはできない。それに、信じられる仲間が国内にもいる、大丈夫だ」
「ここから王国まで転移術を使えばすぐに移動できる。何かあれば私が行こう」
カナエのその一言に、寛介も安心して頷く。
「それなら、念話珠をカナエさんに預けておいたほうが良いかな」
「そうだな、預かっておこう。代わりと言ってはなんだが、お前にはこれを渡しておく」
カナエが寛介へスクロールカードを手渡した。
「それには[狼煙]の魔法陣を描いている。何かあればそれを起動しろ、救出に向かう」
寛介は礼を言うと受け取ったカードをウエストバッグに入れた。
「ともかく、狙われるとしたらお前達二人と私、その関係者だろう。くれぐれも注意するように」
「では、マックス。王国まで送ろう」
「ありがとうございます。しかし、仲間が来ているので大丈夫です」
窓から外を確認すると、門前に壮年の大男が立っていた。リアンの町を守り抜いたベン・ブラウンである。
「あれが噂に聞くベン・ブラウンか、なら心配ないな」
「ええ、私の武力における右腕です」
カナエの言葉に首肯した後、マクスウェルは寛介へ向き直った。
「寛介、今後ともよろしく頼む」
「こちらこそ」
言葉と握手を交わし、マクスウェルは屋敷を出ていった。
残った寛介の落ち着きがない様子をみて、カナエは苦笑いしながら口を開く。
「じゃあ、美子の顔でも見に行くか」