9 予想外の解
意識を取り戻した寛介が最初に感じたのは柔らかさと暖かさであった。次に、息苦しさが襲ってきた、寛介が完全に覚醒する。
「ムゴオォ!」
柔らかいはずである、寛介はカナエに膝枕をされていた。
息苦しいはずである、膝枕をしながら眠ってしまったのだろう、カナエが前傾姿勢になっているせいで、太ももと大きな胸で寛介の顔が挟み込まれていたのだ。
寛介が騒いでいると、カナエも目を覚ましたようだ。
「ん? あぁすまない、寝てしまったようだ。なんだ?」
寛介の顔が真っ赤になっているのを見て、ニヤリと笑って言った。
「くくく、こんな美人に膝枕されるのは恥ずかしいかな?」
「う、うるさい!」
起き上がった寛介は、照れ隠しか頬をかきながら訪ねた。
「俺はどれくらい寝てたんだ?」
「二時間経っていないぐらいだ、疲れは十分に取れてるだろう? 第二段階に入ろうか」
パチンとカナデが指を鳴らすと、空間がねじ曲がり、二人は闘技場に移動した。闘技場の真ん中には、荷運びをしていたミノタウロスが立っていた。その手には身長ほどもあるこん棒が握られている。
「私は怪我は治せるが、蘇生はできない、死ぬなよ」
カナエは真面目な顔で寛介に言い、その場から姿を消した。
同時にミノタウロスが寛介に歩いて向かってくると、こん棒を振り上げ、叩きつける。
ドシン、爆発でも起きたかのように空間が震えた。
「モオオオ!」
手応えを感じなかったミノタウロスは悔しそうに叫んだ。
「あぶねぇ、直撃してたら即死じゃねぇか、だけど――」
「オルトロスに比べれば!」
余裕を持って避けた寛介は、ミノタウロスの側面に回り込み、ダガーで斬りかかる。
ミノタウロスの肌にダガーが弾かれ、傷一つついていない。寛介の手はしびれ、まるで金属の塊を斬りつけたかのようだ。
「は!?」
鍛えた筋肉は打撃には強いが、鋭い刃などの斬撃には耐えられない。しかし、ミノタウロスは[硬皮]という特殊な能力を持っている。これはその部位の筋肉量に比例して皮膚の硬さが増す能力である。そのため、全身筋肉の塊であるミノタウロスには打撃だけでなく、斬撃が通じない。
「グモオオオ!」
ミノタウロスがこん棒を振り回すが、寛介には当たらない。ミノタウロスの攻撃を避け続けていると、寛介は不安を覚えた。
「避けれるけど、このままだと」
寛介の息が上がってきた、しかしミノタウロスに疲労の色はない。それどころか体が温まってきたのか先程よりも明らかにスピードが上がってきている。
ミノタウロスの攻撃が寛介に当たるのは既に時間の問題であった。
「この体格差、自信はないけど、やるしか無いよな!?」
寛介はダガーを鞘に収めて、右手右足を前にして半身で構えた。
走ってくるミノタウロスがこん棒を振り下ろすタイミングで寛介はミノタウロスの懐に低い体勢で潜り込んだ、ミノタウロスの右手首を左手でつかみ、体を返しながら肩を掴んで、背負投を行った。
寛介が途中で手を離したため、ミノタウロスの体が円を描く途中で頭から地面に叩きつけられた。
「はぁ、はぁ、上手く行ったな、けど――」
寛介もその場に倒れ込んだ、勢いを利用して投げたが、その勢いは寛介も傷つけ、全身を骨折してしまったようだ。
満身創痍な寛介に対して、ミノタウロスは何事もなかったかのように起き上がる。
「ま、マジかよ……」
寛介の体が光り、痛みが襲ってくる。ヒールだ。
「ぐああっ!」
「オモシロイ、ワザヲ、ツカウナ」
「喋った?!」
突然ミノタウロスが喋った。驚きを隠せない寛介をよそに、ミノタウロスが更に話し続ける。
「オレ、ヒトノチナガレテル、スコシハナセル」
どのように反応していいかわからない寛介が押し黙っていると、カナエが姿を現した。
「まさか斬れないから投げるとはな。武道の心得があったとは驚きだぞ」
「これで第二段階クリア?」
「まさか。ミノタウロスは無傷だぞ? 第一段階と同じ、相手に傷をつけたらクリアだよ」
寛介は信じられないと目を見開きながら抗議する。
「こいつの肌は硬すぎて刃が通らないんだけど!」
「硬い? おい」
「ハイ」
カナエの合図とともにミノタウロスが左腕を差し出した。カナエが指を添わせると、ミノタウロスの腕から血が吹き出した。
「は!?」
カナエはすかさずヒールをかけ、ミノタウロスの傷口を塞いだ。
「このように、私のような美女のやわらかーい指でも斬れるんだが?」
柔らかいという単語に先程の膝枕を思い出した寛介は顔を少し赤らめながら言う。
「お、大方、魔法でも使ったんじゃないの?」
「残念だが違う。そもそも魔法ってのはだな――」